しっぽや5(go)

□モデル奮闘記
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side<TAKESI>

しっぽやでのバイトの時間、デスクワークをしている俺は何となくソワソワした気分になっていた。
「ここんとこ、ひろせと一緒に外回りしてたから、何だか落ち着かないや」
そう言ってミルクティーを淹れるため椅子から立ち上がった。
事務所に来てからすでに4杯も飲んでいるのでお腹はダボダボだったが、座っているだけというのは怠けているような気分にさせられる。
「黒谷もお代わりする?」
所長席にいる黒谷に話しかけると
「まだ、さっき淹れてもらったのが残ってるよ
 ひろせは捜索に出てるし、日野も荒木も居ないと事務仕事になっちゃうから退屈かい?」
苦笑気味に返事を返してきた。

「退屈って言うか、体を動かしてないと仕事してない気になっちゃって
 最近ちょっと体育会系だからさ
 腕に筋肉付いてきたと思わない?」
腕以外に筋肉は付いてないが、それは黙っておいた。
『空とか大麻生とか、腹筋も割れてるんだろうな…
 でも今の俺、人生で最大の筋肉期だからこの新鮮な喜びを大事にしたい』
黒谷が飼い主でもない俺の心の内など気付くはずはなく、会話は続く。
「うーん、日野の体以外よく分からないけど背は伸びたんじゃない?
 こないだ並んでるとこ見てたら、シロより少し大きくなってたよ
 最初に長瀞に連れられて事務所にきた時は、双子より背が低かったのにね
 こんなに縦に伸びる人間がいるんだ、ってビックリしたなー
 日野はいつまでも可愛らしいままだから」
ちょいちょい入るノロケを愛想笑いで流し、俺は控え室に向かっていった。


控え室では白久を中心に、猫達がうたた寝している。
黒谷の声に反応できるよう半覚醒状態らしいけど、俺はなるべく静かにお代わりの用意をした。
「タケぽん、俺もロイヤルミルクティー飲みたい」
双子の一人、赤いネクタイの明戸が薄目を開け俺を見てニヤリと笑った。
「人間が自分だけ何か食べることには、敏感なのさ
 あのお方がコッソリと煎餅を食べるのを、何度阻止したことか」
明戸は得意げにフフンと鼻を鳴らす。
「タケぽん、私にも同じものをお願いします
 お父さんのつまみ食いを見つければ、口止め料として私たちは煮干しにありつけましたからね」
気が付くと緑のネクタイの皆野も薄目を開けて俺を見ていた。
「俺も、俺も!ロイヤルミルクティー飲む!」
白久にもたれ掛かりながらも、目をパッチリ開けた羽生が俺を見る。
「子猫は、他の猫が何か食べることに敏感だな」
そんな羽生を見て明戸が楽しそうに笑っていた。

猫達の会話を間近に聞いている白久は、微動だにせず規則正しい寝息を立てている。
『荒木先輩が居ないときの白久って、本当に猫布団…
 今日のお客さんの相手、ちゃんと出来るかな
 メインは俺の客だけどさ』
俺は一抹の不安を覚えてしまった。
そう。今日俺が外回りに行かないのは先輩達が居ないから、というのもあるけど、俺に会いたいお客が来るからなのだ。
それは化生を診てくれるお医者さん、カズ先生のお孫さんの弘一君だった。
来年高校受験を控えているので、去年高校受験を終えた俺にアドバイスして欲しいらしい。
荒木先輩経由で頼まれたし、俺に分かることならと軽い気持ちで引き受けたのだが、時間が迫ってくるにつれ緊張してきていた。


「はい、どうぞ」
猫達にロイヤルミルクティーを淹れたカップを渡していく。
少し冷ましてから渡すのが、猫に対する心遣いだった。
それでもフーフーと息を吹きかけ、さらに冷まして飲んでいる。
「美味しい、ミルクだけで飲むより、ちょっと大人な感じがするんだ」
「タケぽんとひろせが来てくれてから、珍しいもの食べられて面白いな」
「このようなものは、お店に行かないと口に出来ないと思ってましたからね」
猫達の賛辞に俺は照れくさくも嬉しい気分になった。

「今日はお客さんのためにひろせがマフィンとスコーン焼いたから、皆も食べて
 お客は犬連れだから間違って食べても大丈夫なよう、どっちもプレーンなんだ
 だからジャムやホイップで好きな味に出来るよ
 あ、犬がここに居ても大丈夫?」
確認するように問いかけると
「その犬って、大麻生の特別しつけ教室に通ってるんだろ
 じゃあ平気じゃない?
 いきなり猫に襲いかかってこないよ
 空のしつけ教室ですら、他の動物ともめ事を起こすのは御法度(ごはっと)、って教えてんだから」
明戸はカラカラと笑っている。
「いざとなれば白久が何とかしてくれますよ、同犬種なんでしょ?」
皆野がのんびりと相づちを打っていた。
「俺達、依頼がなければ寝てるから気兼ねなくお客さんと話しててよ
 俺はサトシに関係ないことは、特に興味ないから
 美味しい話は別だけど」
羽生は無邪気に笑う。

猫達に頼られている白久は、俺達の会話などお構いなく寝続けているのだった。
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