しっぽや5(go)

□強面(こわもて)奮闘記
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side<HINO>

「荒木、おはよー」
「はよー、日野」
駅で待ち合わせしていた俺達は、揃って改札を通る。
今日は自動車学校の授業を取らず、朝から2人でしっぽやに行くことになっていたのだ。
「こうやってお前と一緒に出勤するのも、今日が最後だな」
荒木がため息と共にそんな言葉を吐き出した。
「大げさだな、大学の夏休みとか、また一緒に行けるだろ
 つか、自動車学校帰りに一緒に出勤出来るし」
近付いてくる入学式を前に、荒木は少しナーバスになっているようだった。
「最初は学校に慣れるのを優先して、バイトはその後だぜ
 しっぽやは潰れたりしないんだからさ
 俺と黒谷がそんなことさせないよ
 いつだって働きに来れるって」
俺が断言すると
「だな」
荒木の顔に笑みが戻ってくれた。

「こないだのブリーダーの手伝いってどうだった?
 俺達でも戦力になりそう?
 しっぽやの業務に加えられるかな」
俺は話題を変えるよう、そう切り出した。
「うーん、難しいかも
 俺、本物は猫しか飼ったこと無かったからけっこう戸惑うことが多かった
 ブラッシングとか、本当に大変でさ
 散歩するにも力負けしちゃうし、白久が一緒じゃなかったら仕事になんなかったよ
 ラキを飼ってる弘一君の方が、まだ戦力になってた
 かといって、化生を行かせるのはもったいないというか」
曖昧な荒木の返事に、俺も考えてしまう。
『俺は犬どころか猫すら飼ったことないもんな
 本やネットで得た知識が、実物相手にどれだけ役に立つか
 一番使えないのは俺になりそう…でも、実務も手伝いたいんだよなー』
そんなことを思っていると
「でもさ、秋田犬の子犬、超可愛かった!
 まだしっかり立てなくて、後ろ足とかカエルみたいにヘチャッてなってて、動くたびにプルプル震えてさ
 それが2ヶ月過ぎるとボールみたいに飛び跳ねて、走って、やんちゃそのもの
 大型犬だから足が太いのも、また可愛くて」
荒木はデレデレした顔で一気にまくし立ててきた。

「その顔、白久の前でしたの?」
俺の冷静な突っ込みに
「白久、2ヶ月越えの子犬にメッチャ人気あった…
 皆、ずーっと白久にくっついて、離れなかったよ」
荒木は何ともいえない表情になる。
「あ…そうなんだ…」
どっちに対する焼き餅なのか判断が付かず
「正式な業務にするには、ちょっと難しそうか」
無難な返事を返し俺はその話題を終了した。



話しながら歩いていると、事務所まではあっと言う間だ。
ノックの後に扉を開け
「「おはようございまーす」」
俺と荒木は元気に入室する。
最近はしつけ教室の関係もあり、業務開始時間を少し早めていた。
「日野、荒木、おはよう」
所長席から黒谷が微笑みかけてくれる。
「おはよう、2人とも朝から元気で何よりだ」
黒谷の側には珍しい化生がいた。
「「波久礼?!」」
俺と荒木は同時に叫んでしまった。

「ちょうど良かった、カシスのダイエットのこと相談したかったんだ
 いつまでコッチにいるの?時間あったらちょっと家に来てもらって良い?」
飼い主が他の犬を頼りにするのは面白くないが、猫の相談なので我慢する、と荒木の出迎えにきた白久の顔には露骨にそう書いてあった。
「また、猫カフェの手伝い?」
俺も荷物を置きながら話しかける。
春休みだし、何かイベントがあるのだろうくらいの軽い考えしかなかった。

「いや、今回は三峰様のご命令で来たのだが、何をすればよいのかさっぱり分からなくて」
「ミイちゃんの?」
困惑顔の波久礼に俺と荒木は顔を見合わせた。
「他の者への言伝(ことづて)もあるのだ
 黒谷と大麻生はその時まで捜索に出るな、新郷にも手伝って貰え
 その他の者は滞りなく業務に励め、と」
それを聞いても何のことだかさっぱり分からなかった。

「波久礼と黒谷と大麻生と新郷?強面(こわもて)っぽいけど強盗でも捕まえろって事かな?」
首を捻る荒木に
「黒谷はイケメンだよ、それに1番の強面の空が入ってないのは変だと思わない?」
俺はすかさず訂正の言葉を口にする。
「空は今日、しつけ教室で忙しいんだろ?
 中級者コースを、1日に4回開催するって張り切ってたよな
 参加者も慣れてるから、事務所に集まらないで直に公園に行くみたいだし」
荒木の指摘で俺もそのことを思い出す。

「じゃあ、何が基準なんだろうな?その時っていつ?」
結局疑問は最初に戻ってしまった。
「そういえば焼き菓子と、羊羹と、お煎餅のお使いも頼まれてました
 若い飼い主の感性でも何か選んでもらえと
 お2人とも、何かお勧めの物があったら教えてください」
波久礼は、本当はそっちがメインのお使いなんじゃないかと思うことを言ってきた。

「ああ、去年出来たお茶屋さんのお茶菓子が、緑茶や焙じ茶に合うんだ
 甘納豆とかカリントウとかさ
 限定品の案納芋の干し芋ってまだ売ってたかな?あれお勧め!」
荒木は『若い感性』とはかけ離れたことを波久礼に教えていた。
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