しっぽや5(go)

□新業務奮闘記
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side<ARAKI>

しっぽや事務所でのバイトの時間。
今日は犬の依頼が少ないのだが、犬の所員の姿も少なかった。
新しい試みを試してみている最中だったからだ。
先日、ふかやとナリが和泉さんのお母さんの保護犬活動を手伝ったことを切っ掛けにして、そちらの手伝いを依頼されたのだ。
劣悪な環境から救い出す、とは言え、そこで暮らしていた犬達にとって急に見知らぬ人間に見知らぬ場所に連れて行かれるのは相当なストレスだろう。
化生に間に入ってもらい説得してから移動すれば、少しはマシなのではないか、と言い出した和泉さんのアイデアを試してみているのだ。
他の犬と関係を築くのが上手い空と、ふかやが現場に行っていた。


事務所では俺と日野、黒谷と白久が『今後のしっぽやの展望』について議論している最中だ。
議論、と言うかお茶を飲みながらのいつもの歓談じみている気はするけれど、一応業務についての話し合いを意識していた。
「今回の保護、スムーズにいくと良いよな
 ふかやはフレンドリーな犬種だし、空は物怖じしない性格なのが幸いしそうだしさ
 俺達が免許取って足になれば、今後は移動も楽になるよ
 新たな業務を増やすのも良いと思うんだ
 特殊能力なくても現場を手伝えるの、嬉しいもんな」
日野が力説し、俺もブンブン首を振ってしまった。
後方支援も良いけれど、白久と共に仕事をしたいと言う思いがあったからだ。

「僕達としても、再び得た飼い主を愛することが出来て、大事にしていただけることが出来る、と保護された犬達に伝えたいです
 一代一主の僕が言うのも何ですが、自分を必要としてくれる人間と、きっとまた巡り会える」
黒谷はそう言って愛おしそうに日野を見る。
「ペットの捜索以外にも、今は色々な形で人と獣の仲を取り持つことが出来るのですね
 私達だけでは考えも及ばないことでした
 荒木に飼っていただき新たな生活を学べばこそ、得られた知識
 荒木は新しい風をもたらしてくれる自慢の飼い主です」
白久に熱い視線を向けられ、俺は恥ずかしくも嬉しい気持ちになっていた。

「ゲンさんにもそんなことを言われたけど、今回のは和泉さんが戻ってきてくれたことによって吹いた風だと思うよ
 里親詐欺とかもあるし、保護した犬達の行く先を決めるのって責任重大じゃん
 和泉さんのお母さんって凄く有名なデザイナーだから、その人経由で新しい里親になってくれた人はきちんとした人なんじゃないかな
 今回の依頼では、出来る部分を皆で補って活動できたら良いな、って思った」
俺の言葉に皆はそろって頷いてくれた。

「変則的な依頼だったから最初は戸惑ったけどさ
 当面は知り合い限定で、やれそうなこと色々やってみたいよな
 さて、お茶のお代わり煎れてこようっと」
ソファーから立ち上がった日野が皆の湯飲みを集め出す。
「俺も手伝うよ」
そう言って立ち上がったタイミングで、振動音が聞こえてきた。
「荒木の物のようです」
マナーモードにしてあるのに、白久は直ぐに気が付いてくれる。
「電話?こっちは大丈夫だから出れば?
 自動車学校からの連絡だったら俺にも教えて」
日野の言葉に甘え、俺はPCデスクに置いたスマホを慌てて手に持った。
画面に表示された着信の相手は、カズ先生の孫の弘一君だった。

『わざわざ電話?』訝しく思いながら画面をスワイプし
「もしもし?ラキに何かあった?」
一番ありそうな可能性を問いかけた。
『あの、荒木先輩ですか?ラキの事じゃないんですが、今って、お時間大丈夫ですか?』
緊張したような声が返ってくる。
「しっぽやでバイト中だから長話は出来ないけど、平気だよ」
そう答えると
『今、事務所なんですね、ちょうど良かった
 しっぽやって捜索じゃない依頼を受け付けて貰えるのかなって思ったもので
 あの、ペットシッター的な事って頼めますか?』
「個人的な知り合いのペットを預かることは可能かな」
以前、長瀞さんがタケぽんの猫を預かっていたことを思い出してそう答えた。
ラキは白久と知り合いで躾も完璧なため、何も問題は無さそうだ

「何日くらいラキを預かれば良い?白久の部屋で預かるよ
 白久の仕事中は、事務所に居てもらえば良いし
 あ、フードとペットシーツは持参してね」
自分の名前が話題に出ているため、白久は全神経を集中して俺に注目している。

『いえ、ラキじゃないんです
 出張で犬の世話を頼みたくて、俺も一緒に行くから手伝って欲しいと言うか
 あの、ラキを譲ってくれたブリーダーさんと爺ちゃん仲良くて、今でも交流あるんです
 夫婦2人でやってるからあんまり頭数いないんですけど、旦那さんがぎっくり腰になっちゃったらしく
 奥さん1人で面倒を見るのは大変だからしっぽやの人に手伝ってもらえないかって、爺ちゃんが言い出して
 そこの息子さんが明後日から応援に来てくれるから、明日だけでも頼めないかと思ったんです』

弘一君の話は、まさに新たな風のような依頼であった。
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