しっぽや5(go)

□日野奮闘記
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side<HINO>

大学合格のお祝いに父親がレストランを予約して食事の席を設けてくれた。
三つ星レストラン、とまではいかないけれどファミレスではない店だった。
父親と母さんと祖母ちゃんと一緒にテーブルに座り、俺にはもう一生縁がないと思っていた『家族団欒』なるものを味わえて胸が熱くなっていた。
しっぽや関係者も皆『家族』ではあるが、壊れてしまった家族の距離が少しだけ戻ってきた気がして感慨深かった。

とは言え、まだ父親に対してはどう接して良いか戸惑う気持ちの方が大きく他人行儀な態度になってしまう。
『父さん』と呼ぶことすら出来ないでいた。
それは向こうも同じ様で
「コースで頼んであるけど、追加もして良いからね
 いっぱい食べるって聞いたよ、陸上やってるんだって?
 凄いね、僕は文系だったから体を動かすことは不得意で」
俺に対して親しげに話しかけてくれるが、主語がなかった。
「ありがとうございます、じゃあ、チーズハンバーグとグリルチキンとマルゲリータとペペロンチーノ、追加していいですか」
俺の方も敬語で答えてしまう。
「もちろん良いよ
 すいません、追加をお願いしたいんですが」
父親は笑顔で答え、店の人に追加オーダーを伝えていた。

再び食事を再開した父親に母さんが視線を向けて、小声で『ほら、追加がくる前に…』そう囁いた。
父親は少しモジモジしていたが意を決したように『ゴホン』と咳払いし
「食事以外に何かプレゼントを、と思ったんだけど何が良いか思いつかなかったんだ
 それで、あの、本当に何のひねりもなくてアレだけど
 一番役に立つかな、と思って
 これで大学生活で必要な物や欲しい物を買ってください」
そう言って封筒を差し出してきた。
戸惑って祖母ちゃんと母さんを見ると、微笑みながら頷いている。
「ありがとうございます」
俺はその封筒を手にとった。
封筒には以前に父親から貰ったお守りが入っていた袋と、同じ絵本のキャラクターが描いてあった。
父親にとってこのキャラクターは、俺のお気に入りだとわかる唯一の物のようだった。

中身を改めると、1万円札が10枚も入っていた。
「え、こんなに?」
大学に合格した子供に父親が渡す額として妥当かどうかの判断はつかないが、長く会っていなかった子供に渡す額にしては多い気がする。
「一緒に暮らしていれば、きっともっとお小遣いをあげてたと思うよ
 それを考えると少ない額でごめんね」
気弱そうに微笑む父親の顔を見て、また胸が熱くなってくる。
去っていった父親に忘れられていた訳ではなかったことが、自分でも驚くほど嬉しかった。
「大事に使わせてもらいます
 買い食いしないで、参考書とか、大学で使うものを買うのに役立てます」
手の中にある封筒が、父親との絆のように感じられた。

祖母ちゃんが封筒のキャラクターに気が付いて
「あら、日野が小さいときに好きだったワンちゃんね
 絵本読んで、っていつもパパにねだってたの、懐かしいわ」
そう言って微笑んだ。
「セリフとか空(そら)で言えるほど読んだんですが、今ではすっかりお話を忘れてますね
 歳だなー」
父親は苦笑して頭をかいている。
「でも、その封筒を見ていて思い出したことがあったんです
 こっちの白い子は『リーサ』って名前で呼んでたけど、こっちの黒い『ガスパー』のこと『クロヤ』って呼んでたなって
 何で関西風に『黒や』なんだろうって、可笑しいやら可愛いやら」
「テレビでお笑いか何か観たのかしら、子供のツボってわからないものね」
父親と祖母ちゃんは先ほどより砕けた雰囲気で笑いあっている。
しかし父親の発言は、俺にとっては衝撃的なものだった。

自分ではすっかり忘れていたし、話を聞いても当時のことは思い出せない。
けれどもきっと『クロヤ』は『黒谷』のことだ。
過去世の記憶の断片が、まだ白紙に近い幼い頭の中に残っていたのだろう。
俺は生まれたときから黒谷を知っていて、ずっと求め続けてきた。
黒谷も俺の家族同然だ。
黒谷が父親を見つけてくれたおかげで、今日の家族団欒を取り戻すことが出来た。
それなのに、この場に黒谷が居ないことがとても寂しかった。
黒谷にも家族と一緒に食卓を囲って欲しい。

「あの、よかったら今度家に来てよ、俺、太巻き作るの上手いんだ
 父さんにも食べてもらいたい
 ちゃんと紹介したい人もいるし」
俺は思わずそんなことを口にしてしまっていた。
気負うことなく『父さん』と呼ぶことが出来た自分にビックリする。
父さんもビックリした顔をしていたが、すぐに嬉しそうな笑顔に変わっていき、伺うように女性陣の顔を見た。
祖母ちゃんは笑っていて、母さんは目を潤ませていた。
「日野くんの都合がいい日に、いつでもお呼ばれするよ」
俺の名前を呼んで照れくさそうに笑い何度も頷く父さんを見て、数年前の惨めな気持ちが癒されていくのを感じた。

黒谷が俺にもたらしてくれた幸せはとても大きな物なのだ、と改めて思うのだった。
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