しっぽや5(go)

□I(アイ)の形
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木曜日の朝、私とふかやは早めにペットショップに向かっていた。
水曜日のうちに店内に準備しておいた商品を、配達用として使っている自分の車に詰め込んだ。
将来的にはしっぽやで使用するため、大型犬用のクレートでも積めるようにと選んだ車種なので、大量の品物を何とか詰め込むことが出来た。
「ケージ類とか、大物があったらアウトだったかな」
大量買いのオマケとして試供品フードが詰め込まれたレジ袋を後部座席に置くと、配達先の住所をナビに打ち込んだ。

「ん?」
助手席に座っていたふかやが、何かに気が付いたように顔を上げる。
私もつられて顔を上げると、派手な人が目に飛び込んできた。
茶と白に染められている長い髪、細い体のラインがわかるジャケットは品が良いデザインでオーダーメードの物のようだ。
『英国紳士』
そんな言葉が頭をかすめるような人だった。
整った顔立ちから澄んだ瞳が真っ直ぐに私たちを見つめているのが分かる。
「僕には初めての気配だけど彼って化生だよ、久那ってコリーだ」
ふかやに教えてもらうまでもなく、その美しさは人外のものだった。

長身の化生の後ろから、猫の化生とさほど変わらない背丈の人が出てきた。
それはモッチーに見せてもらった雑誌に載っていた顔と、同じ顔だ。
「イサマ イズミ」
有名人の登場に、柄にもなく緊張してしまう。
しかしその有名人は
「おはようございます、石原さんですね
 先日お電話した石間です、本日はよろしくお願いします」
運転席の私に向かい丁寧に頭を下げた後
「こっちは愛犬の久那、凄い綺麗でしょ
 初めて会う人がいるときは、特に念入りにスタイリングするんだ」
いたずらっ子みたいな表情で声をひそめて囁いた。
自分の化生を見て驚いていた私に満足したらしい。

「石原です、ナリで良いですよ
 皆、そう呼んでくれます」
「じゃあ、俺のことは和泉って呼んで
 何度言っても、モッチーは俺のこと『先生』とか呼んでくるんだけどな」
有名人で私より年上のはずであったが、彼は気さくに話しかけてくれる。
店長が言っていた通りの人のようだった。

和泉は助手席に座っているふかやに気が付くと、何ともいえない優しい表情になった。
慈しむようにふかやを見つめている。
「君が、プードルのふかや?」
初めて会う犬を驚かせないような気配りが感じられる声音で、和泉は優しく語りかけていた。
「はい、スタンダード・プードルのふかやです」
ふかやが礼儀正しく答えると、和泉の笑みが深くなった。
「触っても良い?」
そう問いかけられたふかやは頷いて、撫でやすいよう車外に降り立った。
和泉は慣れた手つきでふかやの髪を撫でている。
焼き餅を焼くかと思った彼の化生も、何だか懐かしそうな瞳で2人を見つめていた。

「いきなりごめんね、以前飼ってたプードルの毛色に似てたからつい
 うちの子はトイ・プードルだけど、やっぱり触り心地は一緒だね」
「ブルーベリーは、もう少し濃い毛色だったかな
 彼女は直ぐに俺に懐いてくれたっけ
 ストロベリーは気が強くて、ブルーがいつもなだめ役だった
 血は繋がってなくても、良い姉妹だったね」
彼らは暫くふかやを見つめていたが
「時間とらせてごめん、出発しようか」
和泉がハッとしたように私に視線を送ってきた。
「そうですね、後部座席にどうぞ
 袋の中の試供品はおまけです」
「好き嫌いとかアレルギーとかあるし、フードは最初にちょっとだけ試したいんだよね
 色々入ってるの、ありがたいな
 気に入ったのあったら、また注文させてもらうよ」
私たちは車に乗り込み、和泉の母親の犬舎に向かい出発した。


道中、お互いがどのようにして化生と知り合い飼うことになったのか、昔話で盛り上がった。
「最初に見たときはあまりにキレイで、ビックリしたよ
 久那は派手だしね」
「ふかやは宗教画の天使みたいだと思いました
 よく巻き毛の天使が描かれてるじゃないですか」
「そう言われてみると、天使っぽくもあるか
 宗教モチーフはやったことないんだよな
 面白そうだけど制約ありそうで、商品には出来ないし
 個人的に楽しむ分には平気か」
「イサマ イズミが個人的に作った服、プレミアものじゃないですか」
そんな話をしている最中、クラシックが小さく流れた。
「失礼」
和泉が鞄からスマホを取り出し
「母親から」
小さくそう言うと電話に出た。

「今、そっち向かってる、久那も一緒
 え?うん、うん…マジか…それは、酷いな
 ああ、うん、俺と久那はもちろん手伝うよ
 あと、ちょっと聞いてみる
 男手はあった方がいいだろ?先に行って、少しでも連れてきといて
 じゃあ、また」
通話を終えた和泉は沈痛な面持ちになる。
「ナリとふかや、時間ある?ちょっと手伝って欲しいことが出来た
 今、母親のとこ、多頭飼育崩壊の現場に入ってるらしい」
和泉に告げられた言葉に、私は思わず息をのんでしまうのだった。
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