しっぽや5(go)

□I(アイ)の形
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side<NARI>

「はい、ナビがあるし大丈夫ですよ、…はい、…はい、分かりました
 それでは木曜の朝に出勤して荷物を積んだら配達してきます」
スマホでの通話を終えた私は、ファミレスの扉の側から店内に戻っていった。
席ではふかやがソワソワしながら待っていてくれる。
戻った私を見て顔を輝かせる様は、本当に可愛らしかった。

「お店から電話だったんでしょ?忙しくなったのかな
 帰った方が良い?
 残念だけど、僕、ちゃんと『待て』出来るから、ナリが仕事終わるまで待ってるよ」
健気な愛犬の申し出に
「大丈夫、配達の仕事を頼まれただけだから
 次の木曜日に、ちょっと遠出の配達依頼が入ったんだ
 市内以外の配達って初めてだけど、1日かけて良いって言ってくれてるし余裕だと思う
 良いお得意さんが出来たみたい
 今日は予定通り海を見に行けるよ」
私は安心させるように答えた。
「やったー!」
ふかやは顔を輝かせた。


今日は仕事の休みを利用して、海までタンデムしようと前から楽しみにしていたのだ。
海で泳ぐにはまだまだ早いけど、飼い犬と一緒に海岸を散歩するなんて、考えるだけで楽しいシチュエーションだった。
まだ海の家や売店はやっていないことを見越して先に食事をしようと、ファミレスに入ったのだ。
「このお店、近所には無いけど和食メインで美味しいね
 連れてきてくれてありがとう」
「季節メニューのホタルイカの天ぷらって珍しいよね、白エビの掻き揚げも
 海鮮丼も豪勢だし、これから海に行くぞって気分が高まるよ」
私たちは海の幸に舌鼓を打っていた。

「そうそう、配達を頼んでくれたお客さんって、イサマ イズミなんだって
 モッチーが好きな黒い服を手がけてるデザイナーさん
 すごく気さくで良い人だって店長感激してたけど、彼って化生の飼い主だよね
 荒木君と日野君が新店舗記念パーティーにお呼ばれしたって言ってたよ
 ふかやは会ったことあるの?」
少し声のトーンを落として聞いてみる。
「僕は化生して日が浅いから、会ったことないんだ
 久那ってコリーの化生の飼い主なんだって
 三峰様のお屋敷にはよく来るみたいで、武衆の方が彼らには詳しいかも
 お菓子とか、お土産色々買ってきてくれるみたい
 餌付けされてる、って三峰様は笑ってた
 人間嫌いだったソシオも、和泉の前には姿を現してたらしいよ
 もっとも、何ヶ月もかかってやっと、って感じらしいけど」
「それは凄いね」
私は『有名デザイナー』と言うより『化生の飼い主』としての彼がどんな風に自分の化生と知り合って絆を深めたか、の方が気になっていた。


デザートでも追加しようか、と言うタイミングでスマホが着信を告げる振動を伝えてきた。
知らない番号が表示されている。
「ふかや、みつ豆頼んでおいて」
ふかやは頷いた後もメニューを見ていたが、神経がこちらに集中していることを感じていた。
『占い希望のお客さんかな』
そう思い、迷惑にならないよう再び店の外に移動しながら電話に出る。

「もしもし?」
『初めまして、石間 和泉と申します
 こちら、石原 也様のお電話でよろしいでしょうか』
相手は今話題に上っていた、イサマ イズミその人だった。
「はい、そうです、初めまして
 店長から配達依頼について伺っております
 何か個別のご要望がおありでしょうか」
緊張しながら尋ねると
『いきなり電話してすいません、ウラに番号聞いてかけたんです
 ずーずーしいお願いなんですけど、配達に行くときに俺と久那も一緒に乗せてってもらえますか?
 久しぶりに母親に会いに行くのも良いかなって、思いついて
 もちろんガソリン代とか高速料金、手数料はお支払いしますから
 あ、久那っていうのは、その…』
少し言いよどむ彼に
「コリーですね」
私は先回りして答えた。

『はい、大きいけど細いから、空より邪魔にならないかと思います
 頭の良さは段違いだし』
早速、飼い主バカ全開発言の彼に親しみを覚え
「プードルの頭の良さもかなりのものです」
私も言葉を返す。
『知ってます、昔、トイ・プードルを飼っていたから
 愛情深く賢い、良い犬です』
昔を懐かしむような優しい声で答えられ、私はまだ見ぬ彼のことが一気に好きになっていた。
「店で待ち合わせてそのまま出発するかたちで大丈夫なら、9時半頃に来れそうですか?」
『大丈夫です、よろしくお願いします』
「それではお待ちしております」
通話を終えた私は新たな出会いにワクワクしていた。

席に戻るとふかやが何か言うより先に
「石間 和泉さんからの電話だったよ、配達に一緒に行きたいって」
私はそう報告する。
「相手の化生も一緒に?」
ふかやは伺うように上目遣いで聞いてくる。
「うん、ふかやも一緒に行く?
 プードルに好意的な人だったから嫌がらないと思うよ」
「行く!後で黒谷に電話して、しっぽやは休みにしてもらう!」
こうして私たちは石間和泉さんと共に出かけることになった。


ちなみに、この日行った海も帰ってからベッドで過ごした時間も、2人にとってすてきな思い出の1ページになるのだった。
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