しっぽや5(go)

□和泉のアイデア
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side<KAZUHA>

「どうもありがとうございます、シナモンちゃん、今日も可愛くしてもらったねー」
とろけそうな声で愛犬に話しかける飼い主を見るのは、とても嬉しいものだった。
自分がカットした犬を見て喜んでもらえることが、トリマーとしての誇りにもなっている。
「シナモンちゃん、お利口さんでしたよ
 カットした後に誉めてもらえるの知ってるんですね
 リボンはおまけでお付けしておきました」
「また、樋口さんにカットお願いします
 夏前にでも予約しますね」
「お待ちしております」
会計を済ませた予約のお客様が帰ると、次の予約まで2時間ほど空き時間ができてしまった。

「最近、カズハ君の予約、多くなったね
 名刺効果じゃない?私もお願いしようかな」
「いっそ、店でちゃんと依頼して全員分作ってもらっちゃおうよ
 店長も乗り気みたいだしさ」
「カズハ君、料金とか納期とか店長に説明しておいてよ
 そんなに高くないんでしょ?」
同僚が親しげに話しかけてくる。
以前なら受け答えに一苦労していたけれど
「知り合いが趣味で作ってくれた物だから無料なんだ
 正式に依頼するとなると無料っていうのも悪いし、いくらなら出せるか店長に確認しておくね」
今の僕はスムーズに返答をする事ができていた。

「次の予約まで時間あるから店内整理してくるよ」
「私も時間あるし、一緒に行こう
 カズハ君はフードお願いね、私はペットシーツや猫砂とか出してくる
 倉庫に爪とぎの換え、あったかな」
「そう言えば、花柄の首輪がラスワンでしたよ
 あれ、廃盤になったんでしたっけ?」
「どうだっけ、発注画面確認してから行くね」
事務所に向かう同僚と別れ、店内のフードの棚に移動する。
店のドアが開く音がしたのでそちらに目を向けると、昼に上がったはずのウラが立っていた。
その後ろには大麻生と、背が高くて髪が長い派手な人がいる。

『あれ、モデルもやってるラフ・コリーの化生だ』
長毛の犬の化生が珍しくて凝視してしまったせいだろう、僕の視線に気が付いた彼が軽く頭を下げてきた。
それにつられるようにウラがこちらに顔を向け
「あれ?カズハ先輩、もう予約のお客さん終わったんスか?」
キョトンとした顔で聞いてくる。
「ああ、うん、シナモンちゃんは大人しいから思ったより早く終わったんだ
 ウラこそ、新しい飼い主とランチは食べたの?」
僕は彼らに近づいて行った。

「君が空の飼い主?」
ウラの後ろから小柄な人が急に話しかけてきて、ビックリしてしまった。
大きな化生に気を取られていたので、それまで気が付かなかったのだ。
「あ、はい、そうです」
初対面の相手には、まだドキドキしてしまう。
その人は整った顔をしており、髪型はナリのものに似ているが緩くウエーブさせていてスタイリッシュに見えていた。
若そうでいて老成しているようにも感じられる年齢不祥な人だ。
僕を興味深そうに見つめる顔に、何だか見覚えがあるように感じてしまった。

『どこかで見たことあるような…?お客様じゃなくテレビとか雑誌とか…』
そこまで考えてハッとする。
ウラが会うことになっていた飼い主は、デザイナーの
「イサマ イズミ!」
思わず叫んでしまった僕に
「ご名答!知っててくれて、ありがと」
有名人は親しげに笑いかけてくれた。

「ウラ、あの、これっていったい」
訳が分からずにオロオロする僕に
「和泉も久那も、カズハ先輩のこと見てみたいって言ってさー
 『空の飼い主』ってことで、カズハ先輩チョー有名人ッスよ」
ウラは楽しそうにキシシッと笑っている。
「え?いや、でも、石間先生の方が有名人だし
 あの、僕、石間先生の服とか何も持ってなくてすいません」
テンパりすぎた僕は余計なことまで口にしてしまう。
「いやいや、俺くらいのデザイナーなんて掃いて捨てるほど居るよ
 でも、空の飼い主になれるなんて人間、そうそう居ないと思うな」
「うん、和泉ほどじゃないけど凄い人間だと思う
 空を制御できるなんて」
穴が空いてしまうんじゃないかと不安になる程、石間先生とコリーの化生が見つめてくるので助けを求めるようにウラを見てしまった。

「だから言ったっしょ?有名人だって
 今日は和泉センセー自らお越しくださったんだから
 あ、っつーか、売り上げ!
 店長いる?上客連れてきたぜー」
店内をキョロキョロと見回すウラに
「店長は今、トリミング中なんだ
 そろそろ終わると思うけど」
僕はオドオドと声をかける。
「そっか、じゃあ先に欲しい物があるかチェックしといてよ、和泉センセー」
「ウラ、その呼び方わざとらしい」
「はいはい、んじゃ和泉、聞きたいことあったらカズハ先輩に聞いて
 俺、フードの取り寄せとかわかんないから」
「確かにウラじゃ不安だよ
 お願いするね、カズハ」
有名人に親友のように呼びかけられ、僕はますます混乱してしまうのであった。
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