しっぽや5(go)

□黒シリーズ
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ランチを食べ終わって依頼を受けていない化生がうとうとし始めると、和泉さんは少し改まった感じで膝を正し、テーブルの上に持ってきていた大きな紙袋を乗せた。
「さて、モッチーに来てもらったのはこれを渡したかったからなんだ
 ソシオを飼ってくれてありがとう
 俺なんかソシオの姿を見るのに何ヶ月もかかったんだよ
 この子は飼ってもらう以前の問題なんじゃないかと危惧してた
 杞憂だったみたいでホッとしたよ」
モッチーは驚いた顔をしている。
「え?俺にッスか?ゲン店長からは『お礼にランチ奢ってくれる』としか聞いてなかったけど」
躊躇うモッチーに
「いやいや、プチジョアとして、お礼が持ち帰り牛丼だけって事はないでしょ
 ゲンちゃんなりのサプライズ、と言うか驚くモッチーを想像して今頃ニヤニヤしてるんじゃないの?」
和泉さんもニヤニヤとした笑いを向けていた。

「俺としてもファンは大事にしときたいしね
 と言う訳で、黒シリーズ今期の新作一式詰め合わせセット
 サイズは大丈夫だと思うけど、合ってなかったら取り替えるんで教えてよ
 休日はそれ着て出かけて周りに宣伝よろしく
 モッチーの風貌なら黒シリーズ映えするし、広告塔も兼ねてたりする」
和泉さんはモッチーに向け親指を立てて見せた。
「でも、その…、シリーズ一式だとかなりの金額に」
焦るモッチーに
「ソシオへのモッチーの愛は、その金額に見合わない?」
和泉さんはズルそうな顔を向ける。
「そんなことないです、これ1万セットよりソシオのこと愛してます」
モッチーがキッパリと言い切ると、その隣に座っていたソシオが嬉しそうに抱きついていた。
それを見ている和泉さんの顔も嬉しそうだった。

「購買層広げるアイデア欲しいって下心もあるんだけどね
 この間、バイク乗りにも黒シリーズファンは多いって言ってたでしょ?
 でも基本的にバイク乗りはバイク関係に多くの金額を割くから、中々手が出せないって
 その辺、何か入り込めないかって思ってさ
 冬物のジャンパーとかブーツとか、小物やアクセサリーなんかで兼用出来そうなのあれば教えて欲しいんだ
 相談料込みでのプレゼントだったりして」
和泉さんはチロッと舌を出してみせた。
「俺で良ければ喜んで」
少年のように瞳を輝かせるモッチーと和泉さんを見比べて
「和泉って、凄い人なの?久那が言ってたこと本当だったんだね
 身贔屓(みびいき)ってやつだと思ってた」
ソシオは驚いているようだった。
「これでソシオも和泉の凄さが分かったろ?今や日本が誇るクリエイターだよ」
久那が得意げに頷くと
「うん、でも、モッチーの方が凄いけど
 優しくて格好良いし、バイクも車も乗れるし、コーヒー淹れられるもん」
対抗するように言って、ソシオはモッチーに腕を絡ませた。
「ソシオ、それが身贔屓ってやつだよ」
苦笑するモッチーに言われ、キョトンとした表情を浮かべるソシオがおかしくて皆で笑ってしまった。


「やあ、盛り上がってるね」
黒谷が控え室に入ってきて、俺の隣に座った。
「長瀞に電話番を変わってもらったんだ」
「お腹空いたでしょ、和泉さんが買ってきてくれた弁当温め直すから食べて、どれが良い?」
俺は黒谷のためにキープしておいた弁当を指し示した。
「それならノリ弁と牛丼を半分こにして食べましょうか
 和泉の好意を分かち合いましょ」
「うん」
俺は弁当を持ってレンジに向かう。
「日野、まだ食べられるの?
 パーティーの時、荒木に『日野はもの凄く食べるんで、会場の料理食べ尽くしちゃったらすいません』って謝られたっけ
 若い子に流行のギャグか何かだと思って軽く流してたよ
 ああ、それで折り詰め分が無かったのか
 折り詰め込みの量で注文しておいたの、間違いじゃなかったんだ
 良かった、あの時ちょっと忙しかったから俺がボケてヤラカしたのかと思ってた」
ホッとした様子の和泉さんを見て、流石にバツが悪くなってくる。
「すいません、珍しい物が多くて、かなり食べたかも…」
モジモジと謝ると
「いや、喜んでもらえて何よりだ
 次に日野を招待するときは倍量頼むから、遠慮しないで食べて」
和泉さんは楽しそうに笑ってくれた。

「日野は、武衆の者より食べるかもしれません
 僕も料理の作りがいがあって、レパートリーが増えました」
黒谷が皆にお茶を煎れ直しながら嬉しそうに報告する。
「ソシオもだけど、黒谷と白久にも飼い主が出来て本当に良かったよ
 瞳が生き生きしてる
 日野も荒木も良い飼い主だって、飼い犬を見れば一発でわかるさ
 良い子達が仲間になってくれた」
親しげな視線を向けられ
「俺達にとっても、和泉さんは頼れる先輩です
 和泉さんが用意しておいてくれた服、黒谷に似合ってます
 さすが、デザイナーですね」
俺はそう返す。
「和泉のセンスは最高だもの」
久那が誇らかに和泉さんに寄り添い和泉さんは頭をそっと久那の肩にもたれさせる。
その姿はとても自然で、目指すべき飼い主と化生の姿そのものに見えるのだった。
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