しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈7〉
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和泉が正式に俺の飼い主になってくれた後、改めてしっぽやに挨拶に来てくれた。
「ありがとう、和泉が久那の飼い主になってくれて嬉しいよ」
黒谷の言葉に
「こちらこそ、ステキな犬を飼えて嬉しいよ」
和泉は俺の腕に抱きつきながら、幸せそうに答えていた。
「でさ、久那は俺が居るから幸せだけど、しっぽやの他の犬猫達にも幸せになって欲しいんだよね
 まあ、飼い主が出来るのが1番の幸せなんだろうけど、それは叶えてあげられない
 これは本人達にどうにかしてもらわないとダメだからさ
 それでも俺に出来る事って何かないか考えたんだ
 岩月兄さんみたく実質的役に立つとなると、俺には衣装補充が良いかなって思いついた
 皆の服、また買ってきて良い?」
和泉の問いかけに
「僕達はその辺よく分からないからありがたいけど、和泉の負担にならないかい?
 君には久那を幸せにしてもらうだけで十分だよ」
黒谷はよく分からない、と言った感じで首をひねっていた。

「大丈夫、うち、金持ちだから
 久那以外にもモデルになってもらえれば俺のセンスに幅が出るし、こっちもありがたいよ
 それで、秩父先生に揃えてもらった服を暫く預からせてもらいたいんだ
 今までやったことない事にチャレンジしたいから
 皆は服のデザインには思い入れがないんだよね、なら、あれ全部リメイクしてみるよ
 服として、秩父先生の思いはこの事務所に残り続ける
 秩父先生がやり残したであろう事を俺が引き継いで、この事務所の運営を助けたいんだ
 俺じゃまだ力不足な面が多いけど、先行投資だと思って色々やらせてもらえるとありがたいです
 もう、前みたいに独りよがりな提案はしないよう気をつけるから」
和泉は頭を下げて頼み込んでいる。
しっぽやのこと、秩父先生のこと、岩月とジョンのこと、俺は知っていることの全てを和泉に話していた。
これは俺の話を聞いた上で和泉が考えた事であった。

「久那はそれで良いの?」
黒谷に問われ
「俺は和泉のやりたいことを手伝いたいから、何の異論もないよ
 むしろ和泉がしっぽやのために何かしたい、って思ってくれることが嬉しい
 和泉って、本当に最高の飼い主でしょ」
俺は誇らかにそう答えた。
黒谷は少し逡巡しているようだったが
「秩父先生がお亡くなりになって、確かに僕達は人との接点を1つ失ってしまった
 秩父先生が遺してくださったことは計り知れないほど大きいけれど、僕達は今後も人と共に歩んでいきたい
 岩月やカズ先生、僕達を好意的に受け入れてくれる人の助けはとてもありがたいよ
 今は昔と違って人に紛れて暮らすには、多くの情報が必要だと思っているからね
 和泉、久那ともども、これからよろしくお願いします」
そう言うと和泉に対して頭を下げた。

「良かった」
緊張していた和泉の雰囲気が、柔らかいものに変わっていく。
和泉の化生に対する優しい思いは誇らしくもあり、少し嫉妬してしまうものでもあった。
「久那の幸せの次に、皆の幸せを考えるからね」
和泉は俺の髪を優しく撫でて、その少しの嫉妬心を吹き飛ばしてくれた。
「俺も真っ先に和泉の幸せを考える
 皆の幸せは…今日の和泉との夕飯メニューが決まったら考えるよ」
俺が舌を出すと
「新しい美味しい味の情報は、年中無休で募集中だよ
 チーズ蒸しパンを越えるもの教えてよね」
黒谷は朗らかに笑って見せるのだった。



その後、秩父先生が用立ててくれた服を和泉が仕立て直してくれた。
『体型が違うのに着回すのは無理がある』と言って、1人1着専用に直してくれたのだ。
皆、デザイン的な事はわかっていなかったが、動きやすくなったと好評を博していた。
秩父先生の思い出が詰まった服達は、しっぽや控え室のクローゼットの中で新たな輝きを放つ存在に生まれ変わったのだ。

仕事着として勤務中に着る服からアパートに帰ってから着る服まで、和泉は少しずつ揃えてくれた。
頻繁に買い換えるわけではないので流行は追わず、それでいてその化生に合った物、手入れが楽に出来る素材で作られた物を選んでいく。
和泉以外にそんな事を出来る人間はいなかったろう。
和泉は自慢の飼い主で、彼に飼ってもらえた幸福を俺はいつも感じていた。



卒業制作で和泉が俺に作ってくれた服は、最高の物だった。
モデルが着て展示しないと意味がないと和泉が頼み込み、俺は彼と一緒に学校に行く日々を過ごした。
その数日間の人間の反応が、懐かしい感覚を呼び覚ましてくれた。
犬だったとき、散歩先で珍しがられ褒めそやされた誇らしさ。
俺が他人に褒められたときの、あのお方の嬉しそうにハニカんだ顔。
俺があのお方の側にいることが役に立っているんだという充実感。
学校での俺は、モデルとして確実に和泉の役に立っていた。
皆が和泉の感性を褒め、俺の一挙手一投足に注目して賛辞を送ってくれる。

俺は不特定多数の人に注目される『モデル』に、すっかりハマってしまった。
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