しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈4〉
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「俺、余計なことしちゃったかな…」
「ううん、そんなことない、皆のこと考えてくれて嬉しいよ
 俺が和泉に伝えて無かったのが悪いんだ
 ごめん、嫌な思いさせちゃったね」
久那は俺以上に落ち込んでいるようで、驚いた。
「いや、久那は悪くないよ
 俺が一人で舞い上がってただけ」
慌てて否定するものの
「俺が和泉に自分のこと話してなかったせいなんだ
 和泉に嫌われるのが怖くて、過去のことを告げられない
 今の関係で十分幸せだと思ってたのに、ありのままの俺を和泉に受け入れて欲しい俺は欲張りだ
 今の幸せが大きすぎて壊せない、俺と和泉はあまりにも違いすぎているから
 和泉、俺、どうしたら良いんだろう」
苦しそうな久那を見るのは俺にとって苦痛だった。

「もう上がりなら、一緒に夕飯食べよう
 泊まりに来てよ、今夜も家には誰も居ないんだ
 デパ地下で生ハムやサラダ、チーズにバゲットでも買って、ワイン開けちゃおうか、って、久那は飲まないんだったね
 ミルクセーキ缶を何本か買っていこう
 ローストビーフも買おう、久那、肉が好きだろ?
 で、お腹いっぱいになったらシャワー浴びて、して
 久那を深く感じられるよう、いっぱいして」
最後は小声の俺の誘いで、久那が優しく微笑んでくれた。
「和泉のためなら、何度だってする
 俺も和泉を深く感じたい」
久那が俺の手を握りしめた。
それは、迷子の子供がやっと親と会えたような、すがりつくような触れ合いに感じられた。


その夜、約束通り久那は何度も俺の中に想いを放ってくれ、俺も何度もそれに応えた。
熱く燃え上がった欲望が凪ぎ、それでも触れていたくて、俺達は強く抱き合ったまま緩やかなときに身を任せていた。
久那がしゃべってくれるまで、俺は過去を詮索しないと心に決めていた。
俺の中にだって、久那に伝えていない事がある。
性急に知り合って付き合い始めた俺達には、もっとお互いの心を知る時間が必要なのかもしれないと感じていた。
そんなこと、今までの人間関係では思ったことがなかった。
俺にとって久那がどれだけ特別な存在なのか改めて気が付かされた。

自分のことを話す勇気がまだ出ないと言っていた久那だけど、日曜に会うことになったジョンと岩月なる人物については知る限りのことを教えてくれた。
ジョンは、黒谷、白久、新郷と親交が深い友で、以前は彼らとルームシェアをしていたらしい。
しっぽやを設立する前は、4人で道路工事等のガテン系の仕事をして日銭を稼いでいたとか。
ジョンが岩月と暮らすようになってクリーニングの仕事を手伝うことになったので、ペット探偵業務は軽い手伝い程度しかしたことがないが、優秀な所員だという話だった。
「ジョンは人当たりがよくて懐っこいから、トラブルを起こさず聞き込みするのが上手いんだって黒谷が言ってた
 犬の依頼が多くて手が回りそうにない時に、臨時で入ってもらうことがあるんだよ
 そこまで忙しくなる時って、そうそうないけどね
 岩月と暮らしてるし商売を手伝ってるから、俺達よりジョンの方が『常識』ってやつがあるのかも
 岩月は優しくて俺達のこと気にかけてくれて、良い人でさ
 岩月とジョンは2人で満月だから丸いお菓子、どら焼きとか煎餅なんか差し入れてくれるんだ
 ジョンのことも受け入れてくれたし、きっと和泉と仲良くしてくれるよ」
久那が手放しで『岩月』なる人を誉めるので、俺は胸にチクリと嫉妬の痛みが走ってしまう。

「岩月はジョンのものだけど、和泉は俺のだよね
 そう言ってジョンに自慢して良い?
 俺はいつだって和泉のものだ、和泉がそう望んでくれるなら…」
自信なさげな久那の言葉で、その嫉妬は溶けていく。
「久那は俺のものだし、俺は久那のものだ」
ハッキリ断言し久那の唇に自分の唇を重ねた。
「ん…」
何度も唇を合わせ舌を触れ合わせる。
お互いの肌が熱くなってくることを感じていた。

「明日は学校遅刻してもいいや、寝る前にもう1回して」
「俺も、しっぽやは遅刻する」
俺を熱い瞳で真っ直ぐに見ながら答える久那に満足感を覚え、俺達は再び身体と想いを重ね合うのだった。





そして迎えた約束の日曜日。
久那は駅まで迎えに来てくれた。
「もう、ジョンと岩月は来てるんだ
 ゴマ煎餅を差し入れで持ってきてくれたよ
 岩月の町内にあるお煎餅屋さんのやつ、焼きたてで美味しいんだ」
そうくるだろうと思い、俺も差し入れは持ってきていた。
名前とひっかけて『イズミ屋スペシャルクッキー』、わざわざ伊勢丹まで行って買ったものだ。
やっぱり俺は、『岩月』に対抗意識を感じていた。
『今日は前回みたいな失敗はしないようにするぞ』
俺は心の中で気合いを入れ
「控え室に居る皆でお茶しながら話そうか
 服の予算のことは気にしないで、俺が何とかするからね」
俺は余裕の笑みを久那に向け、勝負に挑むような気持ちでしっぽやに続く階段に足をかけるのであった。
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