しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈4〉
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「服を処分って…捨ててしまうことでしょうか…」
躊躇いがちに声をかけてきたのは双子の片割れ、緑のネクタイの『皆野』だ。
「まだ着れるんだし、あのお方だったら勿体ないって言うだろうな…」
もう一人の双子、青いネクタイの『明戸』が考え考え言葉を続けた。
「白久と新郷はどう思いますか、思い入れがあるのでは」
長い白髪の『長瀞』に聞かれ、茶髪の『新郷』、寝ていると思っていた白髪の『白久』まで戸惑った顔で俺と久那を見ていた。
「クロにも判断を仰がないと…」
困ったような白久の態度で、俺は自分の失態を悟った。

この事務所を構えるまでに、彼らは大変な思いをしてきたはずだ。
単なる備品でも『自分達で揃えた』と言うことが彼らの誇りでもあることに、何故、気が回らなかったのだろう。
その誇りに軽々しく『処分する』と言ってしまった浅はかな自分が居たたまれなかった。
「判断は、僕じゃなくて秩父先生がなさるべきなんだけどね
 案外、『若い子の感性で服を選んでもらえるなんて凄いことだよ』ってお喜びになられたかも
 自分や親鼻の私服も見立ててもらいたがったりして」
いつの間にか黒谷が控え室で微笑んでいた。
しかし、その微笑みには悲しい影が射している。
「だな、秩父先生なら言いそう」
「所員が増えて、服の数が足りなくなってきていることを気にしてくださってましたからね」
新郷と白久は辛そうな顔で、それでも肯定的なことを言ってくれた。

「秩父先生は、ここの事務所を立ち上げる際にとてもお世話になったお医者様なんだ」
久那が小声で教えてくれる。
それで俺には合点がいった。
『医者』と言う社会的身分と財力のある人が協力してくれたから、学校に行ったことがないような彼らでも、この事務所を設立することができたのだ。
「じゃ、その人に聞いてみて…」
俺は言葉を最後まで言うことが出来なかった。
「秩父先生は、つい先頃、お亡くなりになったんだ
 かつての仲間がそれを伝えに来てくれて、僕たちがそのことを知ったのは全てが終わった後だった」
悲しく微笑む黒谷の言葉が胸に突き刺さる。
ここに残されている物は『誇り』ではなく『形見』であり、俺が軽々しく扱っていい範疇を大きく越えていた。


「すいません…」
惨めな思いで頭を下げると
「久那や僕たちのためを思って考えてくれた事、それはとても嬉しいよ
 久那にはうんと優しくしてもらえるとありがたいんだ
 和泉と知り合ってからの久那は、羨ましいくらい幸せそうだもの」
黒谷はいつもの朗らかさを取り戻した声で明るく言ってくれた。
「秩父先生のことは、僕達にとって突然のことでね
 何ヶ月か闘病してたみたいだけど、ずっと連絡がなかったから『忙しいのかな』くらいにしか思ってなかったんだ
 葬儀が済んだ後で知ったから、お葬式にも参列できなかったよ
 もっとも、僕達はお葬式の決まり事みたいなの知らないから、それを気に病まなくて済むよう、わざと知らせなかったんだろうね
 僕達の代わりにジョンと岩月が参列してくれたようだ
 彼らも古くから繋がりがあるし、それで良かったんだと思う」
黒谷の言葉に、新郷と白久が軽く頷いた。
「ジョンと岩月はここの服を洗ってもらってるクリーニング屋をやっていて、ジョンも僕達の仲間…と言うか…、友達なんだ
 岩月はジョンの大事な人」
また久那が教えてくれる。
俺が思っていたよりも複雑な人脈があるしっぽやに、その存在の不思議さが増していった。

「そうだね、確かに服は増やした方が良いと思ってたんだ
 僕達じゃ分からないから、和泉に見繕ってもらうのは良いかもね
 取りあえず処分するのは保留にしてもらって」
黒谷が考えるように言い
「そうすると、ジョンにも聞いた方が良いんじゃないか?
 あいつシミに目ざとくて、この生地は洗いにくいやら縮むやらうるさいからさー
 クリーニングしやすい生地のやつで良さそうなの選んでもらおうぜ」
新郷が言葉を続けた。
「私と長瀞は白が良いので、『洗いすぎてすり切れる』と怒られっぱなしです
 簡単にすり切れない服を選んでいただけると助かります」
白久が頭を下げてきたが『すり切れる』と言うのは、ジョンと言う人の言葉のあやだろう。
その辺を真面目にとらえているところが、この事務所の人特有のズレなのだ。

「和泉の都合の良い日に、ジョンと岩月に来てもらうのか良いかな
 彼らと相談して決めてもらえるとありがたいけど、空いてる日ってある?」
黒谷にいつもの調子で聞かれ
「次の日曜が空いてるよ、時間は何時でも大丈夫」
俺は罪滅ぼしのような気持ちで最短の日にちを告げる。
「それじゃ、ここの控え室使って相談してね
 実際に服を買いに行くのは話がまとまってからと言うことで」
黒谷の言葉でこの話題は終了し、俺はこれ以上余分なことを言ってしまう前に帰ることにした。

事務所を出てとぼとぼと歩く俺を、久那が走って追いかけてきてくれる。
「俺、もう上がって良いって言われたんだ、駅まで送るよ」
労るような久那の眼差しが落ち込んでいた俺にはとても嬉しかった。
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