しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈3〉
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まだ興奮しているストロベリーを連れ、俺たちは自宅マンションに向かった。
「料金の方どうしましょうか、契約書とかも交わしてないし」
まさかこんなに早く見つけてもらえると思ってなかったので、うやむやのままだったのだ。
「うーん、正直俺、その辺よくわからなくて
 いつも黒谷、っと、うちの所長が決めてたから」
久那の言葉で『職員が優秀でもブラックな企業あるからな』俺は気を引き締めた。
「石間さんが良ければ、一緒に事務所に来て契約書書いたりして欲しいんだけど…」
久那は俺よりかなり背が高いのに『上目遣い』とも見えるオドオドした瞳で聞いてきた。
「事務所に連れ込んで、絵とか壷とか買わせる気?」
警戒して聞くと
「うちはお店屋さんじゃないから、何も売ってないよ?
 石間さん壷欲しいの?あれって邪魔じゃない?落とすと割れちゃうし」
彼は不思議そうな顔になった。
『また、何かズレた感じ』
そう思ったが、どう説明したらよいか分からない違和感のため、面倒くさくなった俺は事務所行きを了承した。


家に帰ると母親とブルーベリーも病院から帰ってきていた。
ブルーは何針か縫ったが、骨に異常は見られないとのことでホッとした。
ストロベリーを病院に連れて行く事を頼み、俺はマンション前で待っている久那のところに向かって行く。
俺を見て顔を輝かせる久那は、学校から家に帰った後の俺を迎えるダブルベリーに似ていて『微笑ましい』なんて感じてしまった。

日が傾き始め、夕方の気配が色濃くなってきた道を2人で歩く。
ストロベリーが見つかって安心した俺は、ランチを食べそびれていたことに気が付いた。
昼過ぎに来てもらっていた久那も、それは一緒だろう。
「すいません、お昼まだですよね
 事務所で料金払ったら、何か食べに行きません?奢ります」
久那は笑顔で
「じゃあ、もう少し石間さんと居られるんだ」
そんなことを喜んでいた。
「和泉(いずみ)で良いよ、年、そんなに違わないでしょ?
 久那って、大学出てすぐ就職した感じ?」
「和泉…澄んでいてキレイな名前、ピッタリだね
 ああ、俺、学校って行ったことないんだ」
特に気にした風でもない久那の告白に、俺の方が居たたまれなくなってしまった。

その空気を誤魔化すよう
「駅に行く前に、せめて何か飲まない?あそこ、自販機あるから
 俺はブラックコーヒーにしよう
 久那は?甘い方が良い?疲れてるだろ?」
明るくそう聞いてみた。
「甘くて、ミルク入ってるのが良いな」
彼からの返事があまりに可愛いものだったので
「じゃあ、ミルクセーキなんてどう?」
ちょっとキワモノを勧めてしまう。
「それ、飲んでみたい!」
単純に喜ぶ彼に『大丈夫かな?』と思いつつミルクセーキ缶を渡す。
プルタブを開けるのに少し手間取っている様だったが、一口飲んで
「凄い美味しい!」
目を見開いて大仰に驚いていた。
そんな彼を見ながら飲むコーヒーは、ブラックなのに何だか甘い気持ちになるものだった。


しっぽや事務所はビルと言うにはこじんまりした3階建ての建物の2階にあった。
階数案内板に『ペット探偵しっぽや』と書かれており、きちんとした企業に見えた。
久那がノックして扉を開けると
「お帰り〜、長毛同士、発見できた?」
所長席と案内が出ているデスクから、30代半ばの和風な感じの男が近付いてきた。
先ほど俺の電話に出た声だ。
「うん、何とか発見保護できたよ
 で、彼が依頼主の石間 和泉さんなんだけど、その」
久那はエヘヘッと笑い、俺の肩をそっと抱く。
イヤラシいと言うよりは大型犬に寄り添われたようで、俺も満更でもない気持ちになっていた。
「ああ…、そうなんだ、こんなことってあるんだね
 大々的に事務所を構えて良かった」
久那を見て目元をほころばせる彼は、『ブラック企業の鬼上司』には見えなかった。

「あの、まだ料金をお支払いしていないし契約書も交わしていないのでこちらに伺いました
 計算して金額を出してください、この場で支払います」
そう切り出すと
「契約書はこちらです、料金は…どうしようか
 探すのに何時間くらいかかった?」
所長は話を久那に振り、久那は困った顔で俺を見る。
「4時間くらいだと思いますよ」
昼過ぎから夕方まで付き合ってもらったので、だいたいそんなものだろう。
「4時間…よくポスターで『時給1000円』って見かけるから、4000円かな」
所長の意味不明な計算の後
「俺がもっと早く見つけられれば、少ない金額で済んだのにごめん」
更に意味不明な久那の謝罪が続く。

「いや、俺、大学生だけど、ちゃんとした金額払えますから」
「ああ、学生さん?学生ってもっと安いよね950円くらいだっけ?
 じゃあ、えっと3800円で…」
「アルバイトの時給じゃあるまいし、俺ん家金持ちだから正規の金額払えます!
 1時間10000円プラス出張費で、50000円で良いですね」
混乱しすぎていた俺は、ボッタクリを警戒していたはずなのに相手の提示価格の10倍以上の金額を申し出てしまうのだった。
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