しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈3〉
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ストロベリーが逃走した現場に到着する。
既にそこには犬知り合いの姿は残っていなかった。
静まりかえっているように見えるが、側の植え込みにはブルーベリーの茶色い毛が引っかかっており微かに血痕もあった。
流石に久那の顔が引き締まる。
「少し派手にやったようですね」
辺りを見回しながら真剣な声でそう言った。
俺はぎこちなく頷くしかない。
実際の乱闘を見ていた訳ではないが、帰って来たときの母親の様子、出血しているブルーベリー、心配してずっと残っていてくれた犬知り合いたち、それらの姿を思い出すだけで事の重大さが感じられたのだ。
『ストロベリー、無事でいてくれ』
祈るような思いがわき上がり、縋るように長身の久那を見つめてしまった。

「相手の犬種は、わかりますか?」
その問いかけに
「多分、グレートデンです、白黒の毛色の」
俺はダブルベリーの散歩中に見かけたことのある犬を思い出していた。
夫婦で飼っているのだろうが、大きな犬を散歩させているのは奥さんであることが多く、犬を制御で出来ているようには見えなかった。
「ドイツか…大麻生の方が適任だったかな…
 いや、相手の犬より逃げてしまった犬の方が問題だ、ドイツ系だと逆に怖がって出てこない
 なにより、俺が石間さんの役に立たなきゃ」
久那は何やらブツブツ呟いていたが、捜索に関係あることなのかどうかの判断は付かなかった。

「何だったら、ポスター作って電柱に貼ったり近所にポスティングしてもらえるだけでもありがたいんですが」
この人に任せて良いものかどうか怪しく感じ始めていた俺は、そう切り出してみた。
「いえ、うちはポスター作ったりとかしないんです」
久那はきっぱりと言いきった。
『じゃあ、何すんの』
思わず喧嘩腰で問いつめようとしたが、真剣な久那の顔を見て言葉が引っ込んでしまった。
「この場所を起点に、捜索を開始します」
彼は宣言するように言い、何かを探すように辺りを見回し始めた。
ふざけているとしか思えない態度なのに、モデル張りの久那がやると神秘的にも見え、様になっている。
彼は何かに気が付いたように歩き出した。
少し迷ったが、俺もその後に付いていくことにした。

道の角を曲がるとシェルティを散歩させているオバサンに出会った。
彼女も近所の犬知り合いの1人だ。
「あら、ダブルベリーちゃんのお兄ちゃん
 モコちゃんパパから聞きましたよ」
モコちゃんパパとは現場に居合わせたシーズー飼いのオジサンのことで、うちの犬が襲われたことは近所中に知れ渡っているようだった。
「ストロベリー見ませんでしたか?あの騒ぎで迷子になったらしくて」
一縷の望みをかけ聞いてみたが、彼女は気の毒そうな顔で首を振っている。
それから側にいた久那に気がついて、驚いた顔になった。
「まあ、やっぱり大きいのね、身体のパーツもうちの子より長いわ
 トライカラー?セーブル&ホワイトかしら、艶々の毛並み」
そう言った後、自分で自分の言葉に不思議がって
「あら、失礼」
混乱した顔で謝っていた。
久那は気にした様子を見せず
「少しお話しさせていただいてよろしいでしょうか」
そう言うとシェルティの側にしゃがみ込んで頭を撫でていた。
ごく自然な動作のせいか警戒されることもなく、何やら本当に犬と話し合っているように見えた。

その後も久那は散歩中や庭先に繋がれている犬を撫でて回る。
『まあ、確かに犬仲間に情報募るのは手だよな
 俺も散歩でよく会う犬は覚えてるし』
しかし飼い主より犬の方を構っている時間が長いのが、どうにも不思議だった。

そうやって歩き回っている最中、久那が何かに気が付いた様子を見せ、躊躇いもせずに空き家に向かって歩き出した。
この近辺は高級住宅街ではあったが、バブルが弾けてから買い手が着かない家や建設途中で工事が止まってしまった建物などが点在していたのだ。
施錠されている門をひらりと飛び越え、そのまま敷地に入ってしまう。
背の低い俺に真似できるはずもなく、不審者として通報されないかハラハラしながら門の外で待っていると不機嫌そうな犬の鳴き声が聞こえてきた。

『あれ、ストロベリーの鳴き声に似てる』
俺が気が付くのと同時に、わめきまくるチワワを腕に抱えた久那が姿を現した。
「無事、発見保護できました
 ここに入り込むときにトゲでこすって怪我したみたいだけど、大したことないよ」
彼は微笑んで門の隙間からストロベリーを先に俺に手渡し、また身軽に飛び越えて優雅に着地した。

「いやー、気の強い方ですね
 戦略的撤退がどうだとか、体制を立て直してこうだとか、あのチビ、次はブチノメしてやるとか」
久那は苦笑しながら報告してきた。
「チビ?」
大型犬に襲われたと聞いていたので何のことか分からず困惑する。
「件のグレートデン、彼女より若いようで
 若造にしてやられてお冠なんです、深くふれないでやってください」
彼は微笑むと口の前で中指を立て『シー』というゼスチャーをして見せた。

それは俺の心をときめかせるに十分な、魅力的な笑顔だった。
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