しっぽや5(go)

□I(アイ)のデザイン〈1〉
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控え室の扉の先には、背の高い化生がいた。
空と変わらない背丈だけど、空よりずっと細身でスリムだった。
顔つきも空より優雅で優しそうだ。
茶色い頭髪は首の下辺りから白に変わり、サラサラと長く流れている。
一部はコートの襟元に付いている白い毛皮と混じり、モデルのようなとてもゴージャスな雰囲気を醸し出していた。
その長い髪の先端はまた茶色の毛に戻っている。
長瀞さんやひろせと言った長毛種の猫を見慣れてはいたが、それとは違うスリムなのにズッシリとした感じ。
『犬?だよな?サイベリアンやメインクーンでもあそこまで大きくないだろうし、顔つきもイケメンだけど煌びやかじゃない
 長毛の犬…?アフガンハウンドとかサルーキ?あんなにはっきり茶色い毛色だったっけ』
混乱する俺の横で
「ああ!そうか!ラフ・コリーだ
 黒谷がラッシーって言ってたのに、何で気が付かなかったんだ」
日野が叫んだ。
言われて俺も気が付いた。
「成る程、コリーか」
呆然とする俺達に『久那』はニッコリ笑いかけ
「GOOD!」
少し気取った声でそう言った。

「凄いね、ちゃんとラフ・コリーって言ってくれるなんて
 ここの犬達はざっくりと『コリー』としか言ってくれないんだ
 まあ、あの映画のせいで昔はコリーと言えばラフ・コリーの事だったけど」
久那は少し肩を竦めて見せた。
「昨日、犬の図録を見てたからわかったんだ
 今もコリーと言えばラフ・コリーって感じだよ
 後はボーダーコリーが有名かな
 日本の住宅事情だとコリーよりシェルティが主流かも」
日野はスラスラと答えている。
日野がその本を事務所に持ってきてくれたら、俺もきちんと読んでおこうと決意した。

「ラフ・コリーの化生『久那』です
 よろしくね、新しい飼い主さん達」
久那が頭を下げると、長く柔らかそうな髪がフワッと広がった。
「黒谷の飼い主の寄居 日野です」
「白久の飼い主の野上 荒木です」
俺達も慌てて頭を下げる。
「ん?黒谷と白久の飼い主は、大学生になるって言ってなかたっけ?
 君達若く見えるね、高学年用子供服のモデルでもいけそう」
悪気はないのだろう笑いながら言う久那の言葉に、俺も日野もひきつった笑顔を向けるしかないのだった。


「久しぶり、久那
 相変わらず洗いにくそうな服を着てるね」
月さんが苦笑気味に挨拶すると
「そうでもないよ、このフェイクファーは外せるんだ
 和泉が本物の毛皮を使う野蛮人だと思わないでね
 ほら、普通にいけるだろ?」
久那はコートを脱いでタグを月さんとジョンに見せていた。
コートの下は長袖Tシャツにジーンズという、とてもラフな格好だ。
それもまた、彼には似合っていた。
Tシャツとは言えブランド物なのか、デザインされた『I(アイ)』が2個並んでいるロゴが入っている。
『知らないブランドだけど俺の着ている物の、4、5着分の金額したりして…
 飼い主さん、ウラみたいに飼い犬を飾り立てたがる人なのかも』
その気持ちは最近の俺にも分かってきていた。

「久那は何を飲む?和洋中なんでもあるよ
 お茶請けもどうぞ」
そう聞くと
「これが噂の『喫茶しっぽや』か、大麻生に聞いてるよ
 新入り猫がクッキー焼いたりしてんだろ?これがそう?
 よし、先輩が味見してやろう
 クッキーには紅茶かな、アールグレイをお願いするよ」
久那は静にソファーに腰掛けた。
「俺が淹れるよ、俺達の分も一緒にな
 タケぽんよりうまく淹れられるか自信ないけど」
日野が俺にウインクして流しに向かう。
月さん達へのお茶は俺が煎れたので、次は自分の番だと言っているようだった。

「最近は白久もお菓子を作って持ってきたりするんだよ
 和のアレンジが凄い、って誉められてる
 俺の口に合うようにって色々考えてくれてて、美味しいよ」
ちょっと照れくさく感じながらそう教えると、久那は口をあんぐり開けた。
「白久が?あの、果報は寝て待ての白久が?寝てて果報が来ても気付かなそうな白久が?
 双子と長瀞が『猫用布団』と大絶賛してた白久が?
 飼い主のためにお菓子作り!
 凄いね荒木、どうやって躾たの」
あまりな言われようだったけど心底驚いている様子を見ると、バカにしている感じではなかった。
「いや、躾てはいないけど
 俺が美味しそうに食べるのが嬉しいって言ってくれてさ」
俺の答えで久那の顔が優しくなった。
「そうか、うん、そうだね
 飼い主の役に立つこと、それは犬にとっての誇りと喜び
 ついに白久もそれを手に入れたんだ、良かった」
微笑む久那を見て、彼が白久のことを心配してくれていたことがわかり嬉しくなる。

「久那も、飼い主の役に立ちたいって思ってる?」
「もちろん!そして、実際とても役に立っている」
彼は俺の問いに誇らかに顔を輝かせて答えるのであった。
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