しっぽや5(go)

□未来に向けた勉強会
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運転中に話しかけると気が散るかな、と思いナリの手元やナビの画面に目を向ける。
「もう、実技は始まってるの?」
ナリは軽やかにハンドルを切りながら、普通に話しかけてきた。
「次の授業からなんです」
それを考えると、流石に緊張してしまう。
「日野の家には車は無いの?さっき荒木が『機会がない』って言ってたけど」
「はい、婆ちゃんも母さんも免許持ってないから」
「そっかー、この辺は都会だから車無くても支障ないもんね
 うちの方は無理、最寄り駅まで歩きで30分、最寄り駅に来る電車は1時間に2本
 乗り継ぎとか考えると、気が遠くなるでしょ
 ふかやはよく来てくれたよ」
ナリは優しい顔でバックミラーに映る愛犬を見つめていた。
「徒歩だとスーパーまで20分かかるんだ、買い物も重労働
 近場にコンビニ出来たときは、本当にありがたかったなー
 細々したもの買いに車出さなくて済むから
 田舎、あるあるだよ」
苦笑するナリに
「うちも買い物は重労働かも
 米は配達してもらうようにしたけど、野菜とか牛乳とか婆ちゃんが毎日買いに行ってるし
 最近は双子が買い物の手伝いをしてくれて、すごく助かってるんだ」
俺も苦笑を返す。

「この車…免許取ったら私的な買い物に使わせてもらうって、ありかな」
婆ちゃんの負担を少しでも軽くしてあげたかったので、思わずそう聞いてしまう。
「ありでしょ、しっぽやの車だけど君達の車でもあるんだから
 私なんか随分私的に使わせてもらってるよ」
ナリはナビに注意を払いながらも会話に淀みはなかった。
「荒木は?家に車あるの?」
「親父と母さんは免許持ってて、仕事に行くとき使うからあります
 職場が駅から遠いんで、大抵使ってるの母さんだけど」
「荒木のお母さんって、キャリアウーマンって感じだよな
 背も高いしさ
 荒木、お母さんに似てたらもっと背が高かったかもな」
俺は何度か会ったことのある姿を思い出していた。
「いや、背は高くない、俺と同じくらいで親父と殆ど変わらないよ
 親父が低いんだ、あと2cm背を伸ばして親父を抜いてやる」
荒木の意気込みに、思わず、と言った感じでナリが吹き出していた。

「荒木はお父さん似なんだね」
「そうそう、荒木のお父さんって背が低くて童顔だから未だに学生に間違われるんだよな
 2人で歩いてると兄弟みたいだし」
俺がからかうと
「お前だって、おばさんと歩いてると姉弟みたいにみえるじゃん」
荒木はムキになって反論してくる。
「母さん若いからしょうがないんだよ
 だって、おじさんより10歳近く若いんだぜ」
そんな俺達の会話を聞いていたナリが
「わかった、君達が親御さんと歩いてるのを見かけたら、対応には注意するよ」
堪えきれずに爆笑していた。

「日野が免許取れば、お祖母さんもお母さんも助かるんじゃない?
 荒木のとこはどうだろう、あんまり変わらないか
 むしろ、家の車の争奪戦になりかねないね 
 乗りたかったら、この車使って」
微笑むナリに
「そうさせてもらうつもりです、だから慣れておきたくて」
荒木はそう返し、車内を見渡している。
「俺のとこは、どうだろうな
 あの人…父さんは免許も車も持ってるから
 大学合格祝いのディナー食べに、車で連れてってもらったし」
俺の発言で、車内の空気が微妙なものになってしまった。
2人とも俺の両親が離婚していることを知っていたからだ。
「2人が再婚する、とかまで話は進んでないよ
 でも、俺としては母さんに知らない人を連れてこられて『今度からお父さんになるから』なんてことになるより何倍もマシだと思ってる
 離婚したのは2人の問題だけど、あの時はどうしようもなかったって今は理解できるようになったしさ
 あの場所でなければ、やり直すことも出来るんじゃないかな」
『離婚する前に、あのアパートを出てくれてたら』『母さんにお払いでも受けさせてくれていたら』
そんな『もしも』を考えてしまうが、当時は『霊のせいだ』なんて言ってもバカらしいとしか思えなかったろう。
結局離婚原因は『母親のノイローゼ』と言う1番現実味がある理由に落ち着いてしまっていた。

「俺は今、黒谷を飼えて幸せだからもう良いんだ
 親には親の幸せがあるだろ、自分達で幸せになってもらうよ
 つか、荒木はおじさんにもっと子離れさせなきゃダメだぜ」
俺は微妙な空気をかき消すように元気にそう宣言する。
「あれでも最近はマシになったんだよ」
ため息を付く荒木に
「両親は共通の趣味とかないの?
 うちはしょちゅう2人で温泉旅行に行ってるんだ
 おかげでお土産は毎回『温泉饅頭』」
「おじさんとおばさんの共通の趣味…やっぱ猫じゃね?」
俺とナリは明るく声をかける。
「その『猫』が居るから2人とも日帰り旅行にも行かないんだ
 留守中心配だ、とか言ってさ」
荒木はさらに困った声を出す。
「それはモッチーの両親より重症だね
 あそこはどっちかが留守番して、旅行には行ってるよ」
「俺に言わせれば、1人が猫番で出かけないのも重症だと思うんだけど?」
俺の言葉で、車内はやっと明るい空気に戻るのであった。
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