しっぽや5(go)

□春休み・ハッピーラッキーワーク
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『貴方が世を去れば、飼い主はとてもとても悲しみます
 それが遠い先の出来事ではないことを、貴方も感じているのでしょう?』
僕は老猫に対し残酷な事実を告げる。
『今から子猫がいれば、残された飼い主の悲しみは随分と癒されるはずです
 だからといって、貴方に対する飼い主の愛が無くなるわけではありません
 永遠に、永遠に、貴方は飼い主の心に明かりを灯し続けます
 今までの、貴方の先輩猫がそうであるように』
これは依頼人の猫飼い歴を考えた僕の推量(すいりょう)であったが、正鵠(せいこく)を射(い)ていたようだった。
飼い主に頬を寄せ甘えていた猫が、動きを止めた。
本気で子猫が気にくわなければ危害を加えていただろう。
それをせずに飼い主を取り合っていたのだとしたら、そこまで2匹の相性は悪くないと思ったのだ。

『ヤット皆居ナクナッテ、ママト2人ニナレタ
 ママヲ独リ占メ出来ルヨウニナッタノニ
 ソウダ、ワシガ居イタカラ、ママノ涙ガ早ク乾イタ…』
かつて飼い主を癒してきた自分と子猫が重なったのだろう、複雑な表情を浮かべながら彼は僕に頭を差し出してきた。
僕はその額を撫で、子猫のイメージを受け取った。
老猫とは思えないすべらかで柔らかな毛の触り心地は、彼がとても大切に手入れされていることを伺わせた。

僕はタケシの元に戻り
「子猫の気配やイメージを受け取りました
 直ぐに捜索に出ましょう、事故にあってしまうのが心配です」
そう言って2人で飛び出すように家を出た。
羽生のように自由奔放な子猫の行動原理はわからない、しかしイメージをもらえたのでそれを追うことは可能だと思った。
どこにでもいるありふれたサバトラの子猫。
けれどもその子猫の耳の先にはポショポショとした毛が生えていたのだ。
『あれはリンクスティップ
 あの子にはメインクーンかノルウエェージャンの血が入っているはずだ
 大型長毛種なら、僕にも気配をイメージ出来やすい!』
僕は気配を探りながら早足で歩いていった。
子猫の気配はあちこちフラフラしている。
『リンクスティップが有ると言うことは、活発で狩りが好きなのかも
 子猫の時から練習のため、虫を追っているのか
 そんな子猫の相手、お爺さんには辛いですね』
僕は少し老猫に同情してしまった。

どこにいるのか決定的な場所がわかればタケシと挟み撃ちにできるのだけれど、気配は動き回っているし僕達にはそこまでの連携が出来なかった。
それでも2人で確実に子猫に近付いている予感はあった。
「捕らえた」
しっかりとした気配を捕らえると同時に、前方にある駐車場の隅の草むらで前足で何かを捕まえようと奮闘する小さな影を発見する。
『タケシ』
子猫を驚かさないようタケシに想念を送ると
『わかった』
彼は小さく頷いた。

僕達が駐車場に入ろうとしたタイミングで、1台の車が近付いてくる。
駐車場を利用するようなので僕達は端に寄って場所を空けた。
車はよりによって、子猫がいる草むらに近付いていく。
運転手からは草影が邪魔をして、子猫が居ることが見えないようだ。
スピードが出ていないとは言え、虫に気を取られている子猫が転がり出れば轢かれてしまいそうな近距離だった。

タケシが車を止めようと飛び出していく。
急に車体に迫る男子高校生の剣幕に驚いたのか、車は急停車した。
しかし子猫も車と人間に驚き、慌ててダッシュしてしまう。
『あの勢いのまま車道に出られたら危ない!』
僕は咄嗟に先ほど会ったばかりの老猫の気配を借り、子猫を追った。
『ジイジ…?』
子猫の走りが遅くなり、キョロキョロと辺りを見回している。
『帰ろう、皆心配してる、外は危ないんだよ』
僕は子猫を怖がらせないよう穏やかに話しかけながら走り寄り、小さな体を抱き上げた。
とたんに緊張の糸が切れ、その場にヘタリ込んでしまった。

『タケシ、捕獲成功です』
何とか想念を送ると
『凄いよひろせ、やったな!』
そんな喜びの念と共に
「すいません、すいません、今ここに子猫がいたんです
 轢ひかれちゃうと思って慌てちゃって
 ほんと、すいません」
運転手に平謝りしているタケシの声が聞こえてきた。

持ってきていた折り畳み式のキャリーバッグに子猫を入れ、しっかりファスナーを閉める。
それから僕達は、依頼人の家に引き返していった。
「駐車場で猫を確保したの、2度目だよ
 猫って駐車場好きだよなー
 危ないから近寄って欲しくない場所なのに」
「あまり人は来ないし、エンジンを切ったばかりの車は温かいですから」
タケシは僕が持っているバッグに視線を落とした。
「ひろせが気配に気が付いてくれたお陰で助かったよ、ありがとう」
「今回は僕にもわかりやすい捜索対象だったし、小さな子猫だったので夢中でした」
いつものように他の猫に嫉妬を感じている場合では無かったことが効を奏(そう)したようだった。

直ぐに依頼を達成する事が出来たし飼い主に誉められて、僕は誇らしい気分になる。
改めて、今後もタケシと一緒に捜索したいと思うのだった。
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