しっぽや5(go)

□春休み・ハッピーラッキーワーク
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『あれ?』
タケシの気配の側から、長瀞の気配がして僕は我に返った。
それでも
『おいで』
優しく僕を呼ぶ気配に、控え室から事務所に移動する。
長瀞は電話中で、タケシは会話内容に聞き耳を立てているようだ。
僕を見ると人差し指を立てて自分の唇を塞ぐ。
僕は音を立てないように気を付けながら、黙って彼の隣に並んだ。
「はい、はい、換気のための隙間から
 ええ、子猫は活発に動き回るし、少しの隙間にも入ることが出来ますからね
 どうか、お気を落とさずに」
どうやら依頼の電話がかかってきているようだった。

「それでは捜索員をそちらに向かわせます
 実は今、研修中の新人がおりまして、勉強のためベテランと組んで仕事中なのです
 料金の方は1人分で結構ですので、同行させてもよろしいでしょうか
 ありがとうございます、お手数ですが到着しましたら再度状況説明の方をお願いします」
長瀞は僕達を見て頷いた。
こうして今日の初仕事は、タケシと一緒に子猫の捜索に行くことになったのだった。



「そんなに遠くないよ、電車で1駅先だ
 むしろこれ、歩いて行った方が早いかも」
タケシは住所を確認し、スマホの地図を見て思案していた。
こんな時タケシは本当に頼りがいのある飼い主で、彼と一緒に捜索に行けることがありがたかった。
「道路事情には疎いので、依頼人のお宅までの道はお任せします
 僕は子猫の気配を辿る方を頑張りますね」
「俺は個別に猫の気配がわからないから、ひろせと一緒に捜索に出られるの頼もしいよ」
タケシも僕と一緒に捜索出来ることを喜んでいてくれるようで、幸せな気持ちになる。
「行こう」
「はい」
僕達は依頼人の家に向かって、少しの緊張と共に歩ける喜びを感じながら歩いていった。


依頼人の家は事務所から歩いて30分くらいの場所にあった。
僕には馴染みが薄い『昭和的一軒家』、こじんまりした平屋であった。
対応に出たのはお婆さんで、僕達を子猫が居なくなった部屋に案内してくれた。
「この窓の隙間からか…ちゃんとロックかけてたのに、さぞビックリなさったでしょう
 SNSで『中型犬用のケージの隙間から脱走した』と言うのを見ました
 4cmくらいの隙間でも、出ちゃうみたいですね」
現場を見たタケシは、同情的な目を依頼人に向けていた。
「お恥ずかしい話です、私、猫飼い歴40年以上なのに
 子猫なんて本当に久し振りだったから、後から『ああ、子猫ってそうだったっけ』なんて気が付いて」
依頼人はすっかりしょげ返っていた。

「他にも猫がいらっしゃいますか?
 出来ればお会いさせていただきたいのですが」
別の猫の気配を感じ取っていた僕が聞くと
「ええ、もう16歳のお爺ちゃんなの
 お客さん嫌いだから、ベッドの下に籠城しちゃったわ」
彼女は申し訳なさそうに言う。
「長毛種ですか?先輩は長毛種と相性良いんで、出てくると思います」
すかさずタケシが口添えしてくれる。
「ええ、ミックスだけど見た目は長毛ね」
彼女は僕を見つめると少し笑い
「こちらの方だけなら、大丈夫かしら」
そう言って部屋に案内してくれた。

和室の畳をフローリングに張り替えた、少しアンバランスな部屋にベッドが置いてある。
件の猫はベッドの上で悠々と寝そべっていた。
長毛、というのも有るのだろうが、それはかなり貫禄のある姿だった。
「お爺ちゃんになってうんと痩せちゃってね、今は6kgちょっとしかないのよ」
依頼人は少し特殊な猫好きのようだった。
「お客様に姿を見せるなんて、珍しいわね」
不思議がる飼い主を余所に、その猫は僕に対して不機嫌さを隠さなかった。

『マタ、若イヤツカ
 妙ナ存在ダガ、オ前モ猫ダロウ』
ピシリとシッポを大きく一振りする。
『ワシ一人デ、コノ家ノ猫ハ十分ダ
 チビガ居ナクナッテ、清々シテイタトイウノニ』
老猫は不愉快そうに鼻から『フンッ』と息を出した。
『僕はこの家に飼われにきた訳ではありません
 僕には、ちゃんと飼い主が居ますから
 その居なくなった子猫を探すよう、貴方の飼い主に頼まれたのです
 子猫のイメージを教えていただけませんか?その方が繋がりやすくなるので』
『アノチビナゾ居ナイ方ガ良イ』
彼の返事はニベもない。
『マトワリツイテ鬱陶シイ上ニ、ワシノママニ甘エオッテ』
怒りを静めるようグルーミングを始める姿に、自分が重なってしまった。
『子猫に対して嫉妬してるんだ』
僕にもその思いは痛いほどわかるものだった。

「ピアーン」
僕に見せつけるよう、彼は甲高い声で飼い主に甘え始める。
「どちたの、この人怖くないのよ
 チビちゃん探してくれるんだって」
飼い主はさらに甲高い声で猫に答えていた。
「ピーアー?」
「そうなの、チビちゃん心配でしょ?」
2人は甲高い甘え声で語り合う。

彼の飼い主に対する愛と、子猫に対する不満が伺いしれる光景だった。
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