しっぽや5(go)

□春休み・ハッピーラッキーデート〈 side A 〉
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私と荒木はしっぽや最寄り駅まで戻り、普段は足を向けることがないホームセンターに向かう。
到着すると園芸コーナーに移動した。
「これは俺も詳しくないから、アドバイス出来ないや
 クロスケが食べちゃうとヤバいから、家では鉢植えどころか花も飾ったこと無かったもんなー」
荒木は売場を見渡しながら考え込んでいる。
「一応スマホで調べてはきたのですが、荒木にも確認していただきたいと思いまして
 お手数をおかけして、申し訳ありません」
私は恐縮してしまう。
「まあ、俺でも店員さんに話を聞くくらいのことは出来るよ
 どうしても分からなかったら最後はプロに聞いてみよう
 それにこれって、俺のためにしてくれるんだろ?」
荒木は嬉しそうに笑ってくれる。
「はい、上手く育てられると良いのですが
 無事に収穫できるよう頑張ってみます」
気を引き締めると私も売場を見渡して、目当ての物を探し始めた。

私の新たなチャレンジ、それは荒木のためにバジルを育てることだった。
荒木の好きなエビとアボカドのサラダにはフレッシュバジルが欠かせないのだが、毎回思うように手に入るわけではなかった。
セリや大葉、パセリといったメジャーな香野菜はいつでも売っていたがバジルはそうはいかないのだ。
手に入らないときは乾燥バジルを使っているのだが、やはり風味は生の物の方が良いと感じていた。
自分で育てれば葉のつく時期ならいつでも手に入って便利なのではないか、そう考えたのが始まりだった。
新たなチャレンジをする飼い主に触発され、私も植物を育てるという自分にとって全く未知のことをしてみようと思えるようになったのだ。

「本当はもう少し暖かくなってから育て始める方が良いようなのですが、荒木との春休みの思い出にしたくて先走ってしまいました
 種から発芽させるのは難しそうなので、苗があれば、と」
「白久が育ててくれたバジル、食べるの楽しみだよ
 サラダだけじゃなく、パスタにも合いそうだし
 タイやサーモンの刺身にも合う、って桜さんが言ってたっけ
 あっちが苗のコーナーみたいだ、行ってみよう」
私達は荒木が発見してくれた場所に、歩いていった。

「こっちは花の苗…、っと、ここら辺が野菜っぽい
 まだ寒いせいかあんまり種類はなさそうだね」
苗が植えられているポットに刺さっているタグの品種名を確認しながら移動する。
「苗の状態だと、皆同じに見えるなー
 黒猫を見分けるより難しいよ、これ」
荒木はそう言いながらポットをのぞき込む。
「あっ」
タグを見るよりも先に、香りが私に届いてきた。
「こちらがそうかもしれません」
私が指さしたポットにはまだ小さな苗が植わっていた。
「これ?本当だ、バジルって書いてある
 やっぱまだ早いのかな、苗が小さいしポットは4個しか置いてないや
 でも苗があってラッキーだったね」
ニッコリ笑う荒木を見て私はホッと胸をなで下ろした。

「後はプランターと土ですね、プランターは一応2個買ってみます
 問題は…」
「土、だね」
私と荒木は沢山の種類が並んでいる土や肥料、腐葉土を見て固まってしまう。
ちょうどその時、店員さんがポットの苗に水をやりに来た。
「すいません、ちょっとお聞きしたいんですが」
荒木がすかざずその店員さんに声をかけてくれる。
他にお客が居なかったのが幸いして、その店員さんは親切にバジルの育て方や適した土を教えてくれた。
「ありがとうございます、スマホで調べてはきたのですが実物を見るとよくわからなくなってしまって」
「助かりました」
お店のカートに苗とプランターの他に、お勧めされた土と肥料を入れ私と荒木は店員さんに何度も頭を下げた。
「上手く育つと良いですね
 これから苗は随時入荷しますので、どうしてもダメなようでしたらまたご来店ください」
店員さんからのアドバイスで『荒木に自分で育てた物を食べていただく』という私の夢も広がっていった。


大荷物を抱えてマンションの部屋に帰り着く。
一息つく間もなく、私と荒木は早速苗を植え替えてみることにした。
「色々教えて貰って、やる気があるうちにやった方が良いもんね」
「はい、覚えているうちに注意しておいた方が良い点を箇条書きにして貼っておきます
 もう少し暖かくなるまで、夜間は室内に取り込むことにしましょう
 部屋にプランターを置いておく場所も整えなければ」
 
私達はベランダに出て、作業を開始する。
店員さんに教えていただいたことやスマホで調べた情報に従い、思ったより早くポットからプランターに植え替えることが出来た。
ハーブ用の土を買うことが出来たので、土作りから始めなくて良いのが幸いしたようだ。
最後に水をたっぷりあたえ、作業を終える。
まだ黄緑色の小さな苗がプランターに並んでいる様子が、何とも言えず可愛らしい。
飼い主とともに植え替えた苗に、私は早くも愛着を覚えていた。

「植物を育てるなんて小学生の頃のアサガオ以来だけど、こっちの方が可愛い気がする」
荒木も同じようにこの苗のことを可愛いと思ってくれていて、飼い主と通じ合っている感覚がとても嬉しかった。
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