しっぽや5(go)

□新たな仲間に受ける刺激
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「今日は猫の依頼は少ないね
 後は双子と羽生で大丈夫そうだし、長瀞とソシオはもう上がっていいよ
 今夜はゲンとモッチーが飲むんだろ?
 早めに帰って美味しいもの作ってあげなよ」
しっぽや控え室に顔を出した黒谷の言葉に、私とソシオはうたた寝から目覚め彼に顔を向けた。
「もう少ししたら、迷子の子猫で猫手が足りなくなるからね
 今のうちに休んでおいて
 子猫が活発に動き回る季節に波久礼が手伝いに来る事態だけは、絶対に避けないと」
黒谷はブルリと身を震わせる。
『そうなると春の終わりから秋まで、気が抜けないのですが』
そう思いソシオと顔を見合わせたが、これ以上黒谷の心配の種を増やすのもはばかられたので彼の言葉に甘えて帰ることにした。


「このまま部屋に来ますか?
 材料は昨日買っておいたので、すぐに取りかかれますよ
 下準備をしておけば手早く揚げられます
 そうそう、ソシオが面白がりそうなものも用意してみました」
影森マンションへの道すがら話しかけると
「部屋に寄ってから行くよ
 モッチーに良いもの買って貰ったの、長瀞に自慢したくてさ
 用意はしてあるから、それ持ってすぐに部屋に行くね」
ソシオはちょっと得意げに答えていた。

その言葉通り、部屋に帰って着替えて食材を確認している最中にチャイムが鳴った。
玄関に向かいソシオを部屋に招き入れる。
ソシオは紙袋を自慢するように掲げ
「これ、長瀞も持ってないんじゃないかってモッチーが言ってた」
頬を紅潮させていた。
ソシオは大事そうに袋の中から細長い木箱を取り出して、そっとリビングのテーブルに置く。
箱の上面には銀色のものが埋まっており、箱の下は引き出せるのか取っ手が付いている。
持っていないどころか、これが何かわからなかった。

「ソシオ、これは何です?」
私が首を傾げると
「やったー、料理で長瀞に1本取れた!
 これ、鰹節削り器だよ」
ソシオは大げさにガッツポーズを決めていた。
「鰹節削り器?」
そう言われても私にはよくわからなかった。
「これが、鰹節なんだ」
ソシオはラップにくるまれた木のようなものを袋から取り出した。
ラップを取ると、確かに鰹節の匂いがする。
「ここが刃になってて、こうやって削っていくんだよ」
ソシオが木箱の上で木のような鰹節を前後に動かすと、さらに強く鰹節の匂いが漂ってきた。
しばらく動かしてから木箱の取っ手を引くと、中には私の知っている鰹節が入っていた。
「削りたてって凄く美味しいよ、食べてみて」
ソシオは削った鰹節を摘んで渡してくれた。
それを口にすると、口の中いっぱいに鰹節の良い香りと旨味が広がっていく。
「これが鰹節…」
私は驚きのあまり、言葉が出なかった。

「俺が猫だったときのご飯が、鰹節ご飯だったんだ
 だから今でも鰹節ご飯好きでさ
 それを知ってるモッチーが『どうせなら良い鰹節で削り節作ってみよう』って言って通販してくれたの」
ソシオは幸せそうに笑っている。
モッチーはとても良い飼い主のようだ。
「削った状態でパックに入って売っているのが、鰹節だと思ってました
 自分で削ることが出来るなんて、驚きです
 ゲンも私も鰹節にこだわりは無かったので、鰹の加工品という事以外、深く考えたことはありませんでしたよ」
素直に驚く私に、ソシオもまた驚いているようだった。

「でも、長瀞って何でも自分で作るじゃない
 出汁だって鰹節とかから取ってるんでしょ?
 素材にこだわって、売ってる加工品とか使わないのかと思ってた」
「何でも手作りという訳では無いですよ
 保存材が入っているようなものを、あまりゲンに口にさせたくないので作れそうなものは作っているだけです
 それに最近、出汁は出しガラでフリカケを作りたいのでとっているんです
 目的と手段が逆転していますね」
私は苦笑してしまった。
「以前に比べると今の加工品は内容物の表示がしっかりしていて安全だとは思うのですが、長年自分で作っていたので
 何というか、市販の調味液は使いどころがよくわからなくて…」
気恥ずかしく言いよどむ私に
「でも、お総菜とか買わないでしょ?」
ソシオがさらに聞いてきた。
「ゲンが1度にあまり食べられないので、自分で何種類か常備菜を作っておいて少しずつ出した方が経済的なんです
 消化の良い食材を組み合わせて作れますし
 コロッケとか焼き鳥とか、1個から選んで買えるようなものはたまに買いますよ」
ソシオは口を開けて私を見て
「長瀞はこだわりの料理の鉄人だと思ってた…」
呆然と呟いていた。

「長年作っているので、コツがわかっているだけです
 ソシオだって今後ずっと作っていれば、何でも出来るようになります
 今は私より白久や黒谷、大麻生の方が料理上手と言うに相応しいのではと思いますよ」
実際、飼い主のために奮闘する犬たちの料理の腕は、かなり上がっていると思うのだった。
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