しっぽや5(go)

□新たな仲間と先輩の仲間
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「2人については、きちんとカルテを作らせてもらうよ
 この書類の必要事項を記入して、保険証を貸してください
 今日は身長、体重、腹囲を計って、尿検査、血液検査、眼底検査、視力検査、心電図、レントゲン、聴力検査を行います
 うちは機械がなくてバリウム検査はやってないんだ
 気になるようだったら紹介状書くから、秩父総合病院に受けに行って
 胃カメラや直腸検査も同様ね」
カズ先生に説明され、ナリとモッチーは慌てて財布を探り始める。
「ずいぶん本格的にやってもらえるんですね」
先生に保険証を渡しながらナリが驚いた顔を見せた。
「そりゃ、企業の健康診断並のことはするよ、ちゃんとお金もらってるんだから
 彼らの健診と同じことしかしなかったら、ボッタクリ病院だ」
カズ先生は可笑しそうに笑っていた。


その後は、飼い主たちが念入りに検査されていた。
ボクとソシオは待合室のイスに座って、テレビを見ながら検査が終わるのを待っている。
部屋の隅にはお茶や水が出てくる機械が置いてあり自由に飲むことが出来るしカズ先生が豆大福をくれたので、何だかまったりとしたお茶の時間のようになっていた。
「病院って、美味しい」
アンコが好きなソシオはニコニコしながら豆大福を口に運んでる。
来るときの車の中の様子とは大違いだった。
かく言う僕も、消毒液の臭いに対する恐怖は薄まっていた。

「ナリとモッチーは血液検査があるんだって
 僕も犬だったときされたことあるよ、痛くて怖かった
 狂犬病の予防注射もそう
 化生して見たら、あんな小さな針が痛みの正体で驚いたよ」
僕は豆大福を咀嚼して飲み込んだ。
甘いアンコと、ちょっとしょっぱい豆が口の中で混ざり合って不思議な美味しさが生まれる食べ物だ。
温かなお茶を飲むと口の中がさっぱりして、また甘いものが欲しくなる。
いつまでもそのループを楽しんでいたかったが、名残惜しく最後の一口を食べた後お茶を飲んで終了させた。
同じように豆大福を食べきったソシオが
「俺も、猫だったとき血液検査ってのやられたよ
 俺の健康状態やら生殖機能やら色々調べたいって医者が言い出したから
 いきなり足が痛くなって、死ぬかと思った
 あれ、針を刺されてたんだな」
そう言ってムクレた顔をする。

「モッチーも痛がってるかな、泣いてないと良いけど…
 血を調べると、病気になってるのがわかる事があるんだって
 為になる検査なんだってモッチーは言ってた
 モッチーが事故にあって動けなくなったとき、点滴って言うので栄養を体に入れてたんだよ
 ずーっと腕に針が刺さったままなの
 見てて怖かったけど、あのおかげでモッチーが元気になれたんだ
 針はイヤだけど良い針もあるんだよね
 でも俺、自分には刺されたくない」
ソシオはお茶を飲んで盛大にため息を吐いていた。

「ずっと針が刺さったままって…痛くないの?」
驚く僕に
「モッチーは、邪魔だけど痛くないって言ってた
 点滴を交換して新しい液が入るときは、ちょっとチクッとするんだって
 ずっと同じ場所に刺しっぱなしに出来ないから、何日か経つと別の場所に針を刺し直してたよ」
ソシオは恐ろしそうに説明してくれた。

「怖すぎる…ナリがそうならないよう僕が守ってあげなきゃ」
「うん、俺も2度とモッチーにあんな風になって欲しくない
 またバイクで事故らないよう俺のラッキーパワーで守らなきゃ
 ラッキーパワーって、どうやれば出るかわかんないけど」
飼い主を守ることに燃えている僕たちは顔を見合わせて頷いた。


話し込んでいると診察室のドアが開き、飼い主たちが出てきた。
「終わったよ、後は結果が出るまでちょっと休憩
 私たちも豆大福いただいちゃった」
「ソシオがアンコ好きって話をしたら、カズ先生が追加で『きんつば』くれたんだ
 はいソシオの分、ふかやの分もあるぜ」
モッチーが僕にもきんつばを渡してくれた。
ナリが皆の分のお茶を用意して、飼い主を交えてのお茶会になった。

「不思議なとこだな、ここは
 病院でノンビリお茶できるなんて、思ってもみなかった」
モッチーが待合室を見渡していた。
「カズ先生、お菓子があるとしっぽやの大きい子たちが素直に検査受けてくれるから、多めに用意しておくんだって言ってたよ
 お菓子に釣られる大きい子たちって、武衆のハスキーとか空かな」
ナリが少し苦笑気味に言う。
「あー、それで武衆の奴らウキウキしながら健康診断に行ってたのか
 医者に行くの怖がらないなんて、鈍いから注射されてもわかんないのかと思ってた」
ソシオはきんつばを食べながら納得の表情を見せる。

「まあ、ご褒美があると僕たち犬は素直に従おうと思えるからね」
少し照れてそう言ってきんつばを口にすると、先ほどとは違う優しい甘さが口内に広がっていく。
飼い主と一緒に美味しいものを食べている今は『ご褒美』と呼ぶに相応しい時間だ。
僕も、武衆の犬たちのように健康診断が好きになっていた。
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