しっぽや5(go)

□新たな仲間と先輩の仲間
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「今日はご新規さんの健康診断だったね、通りで見ない顔ばっかりだ
 しっぽやの所員は君と君かな、じゃあ残りの君たちはしっかりめの健診するからね
 ああ、申し遅れました、ボクはこの診療所の医師で秩父 和弘(ちちぶ かずひろ)と言います
 皆にはカズ先生って呼ばれてるよ」
カズ先生は化生を飼っている訳ではないのに、的確に僕とソシオを指さした。
先生がどこまで僕たちの事情を知っているのか判断できず、皆少し戸惑っていた。

「初めまして、私は石原 成(いしわら なり)です
 ご推察の通り、しっぽやの所員はこちらの2人になります
 実は彼らは健康診断的なものを受けるのは初めてで、勝手がわからないんです
 失礼があってはいけないので、私たち監視の元、先に彼らの健診をしていただけないでしょうか」
僕たちを『監視する』と言う体でのナリの発言ではあったが、実際にはカズ先生が不必要な検査をしないかどうかを『監視する』つもりだろう。
柔らかくはあるが、ナリがしっかりとした態度で聞いていた。
「良いよ、彼らの健診はすぐ終わるから
 2人とも病院怖いの?大丈夫、痛いことはしないよ
 ちょっと触らせてもらうだけだなんだ、いい子にしてたら後で飴あげようね
 じゃあ、早速、大きい方の彼から診てみようか
 そこのイスに座って」
カズ先生に言われ、僕は緊張しながらイスに座る。
『ナリの前で格好悪いところは見せられない』
それを支えに、診察室から逃げ出すことを耐えていた。

「お座りできるの、良い子だね」
カズ先生は僕を誉めて頭を撫でてくれた。
「毛艶良し、耳垢なし、皮膚の状態も良好
 ちょっと目の下見せて、はい良し
 ベロ出して、のどの奥が見えるよう『あーん』ってして、はい良し」
カズ先生は流れるように僕の顔を触っていくので、恐怖を感じる間がなかった。
「これ、胸の音を聞ける道具なんだ、痛くないよ、ちょっと当てるだけ
 じゃあ大きく息を吸って、吐いて、吸って、吐いて、はい良し」
胸に何か器具を当てられたがカズ先生の指示に従っているうちに、それは終了した。

「大人しく出来たご褒美だよ」
カズ先生は机の引き出しから個包装の飴を取り出して僕に手渡してくれる。
「君はもう終わり、とても健康だね」
その言葉に、僕たちは全員呆気にとられてしまった。
「え、今のだけですか?」
ナリが呆然と聞くと
「うん、彼らはいつもこんな感じ、でもちゃんと診てるよ
 彼の体調で何か気になる点とかあったかな?
 もっと詳しく診た方がいいところがあれば検査するけど、どうする?」
逆に聞き返されて、『いえ、別に』とナリは小さく答えていた。
解放された僕は飼い主の側に行き
「怖くなかった、飴もらったよ」
そう報告する。
「良かったね、早速いただくと良いよ」
笑顔のナリに許可をもらい飴を口にすると、甘いミルクの味が広がって僕の緊張は飴と一緒に溶けていった。

「次は3色の髪の君、どうぞ座って
 今の見てて怖くなかったでしょ」
ソシオは頷きつつも怖ず怖ずとイスに腰掛ける。
カズ先生は僕にしたのと同じ事をソシオにもやっていた。
ソシオの健診もすぐに終わり、飴を貰って解放される。
「カズ先生って全然怖くないね、本当にお医者さんなの?」
ソシオが飴を口に含み、小首を傾げて聞くと
「うちは子供も診るからね、医者嫌いの子の扱いには慣れてるんだ
 恐怖がマックスになる前に解放出来るよう、手早く診るのはお手のものだよ
 もっとも、注射を打たないとダメなときは阿鼻叫喚(あびきょうかん)だけど」
カズ先生は朗らかに笑っていた。

「カズ先生、俺のことお金で買いたい?」
続くソシオの言葉で
「すいません、まだちょっと混乱してるみたいで」
「ソシオ、先生そんなこと言ってないだろ」
ナリとモッチーは大慌てで、庇うようにソシオの前に回り込んだ。
「いやいや、孫の家に秋田犬がいるから十分だよ
 しっぽやのしつけ教室に時々参加してるんだ
 教室に通わなくてもとても賢いんだけど、大型犬だから一応ね
 今度、上級者向けの特別教室に参加するつもりだから、そのときはよろしくお願いします
 訓練に同行するのは孫だけど、事務所までボクが車で送ってくからさ
 車に乗るのもすっかり慣れて、大人しく座ってるんだよ
 もしものためにリードをつけてても、必要ない感じでね
 秋田犬は格好良いだけじゃなく、大変頭が良いんだ」
カズ先生は相好を崩して飼い犬自慢を始めている。
それで僕は一気にカズ先生を身近に感じる事が出来た。

「カズ先生は犬派なんですね
 私はどちらかと言うと猫派だったんですけど、今は犬派でもあります」
「俺もどっちかっつーと猫派だけど、犬も好きです」
飼い主たちも親しげに先生に話しかけていた。
「まあ、最終的には『犬猫どっちも可愛い派』だよね」
そんな感じで人間同士盛り上がっていたが
「じゃあ、そちらの2人の健康診断はじめようか」
カズ先生の一言で、ナリとモッチーはこの場所にいる理由を思い出したようで
「よろしくお願いします」
あわてて居住(いず)まいを正(ただ)していた。
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