しっぽや5(go)

□新たな仲間と先輩の仲間
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side<HUKAYA>

僕は今日、しっぽやを休んで飼い主のナリと出かけていた。
ナリの運転する車の助手席に乗り流れる景色を見ていても、いつものように気分が上がってこない。
車の後部座席にはモッチーとソシオが座っている。
僕はまだマシだけど、ソシオは青ざめた顔をして小さく震えていた。
「ソシオ、大丈夫だから、な?
 俺がずっと側にいて、絶対守ってやるよ
 帰りに美味しい物食べに行こう、回転寿司の中トロとか」
必死にソシオをなだめるモッチーをミラー越しに見て、ナリが『ププッ』と吹き出した。

「たらしのモッチーも、飼い猫には形無しだね
 ちゃんと説明してあげたの?怖いとこじゃないって」
「何度も説明したよ、でもこいつ生前、動物病院に連れて行かれたせいで飼い主が亡くなったと思ってるからさ
 病院にトラウマがあるんだよな」
そう、僕たちは今、病院に向かっているのだ。
年が明けてからしっぽやに所属することになった僕とソシオの、健康診断のためだった。
動物病院ではなく人間の病院に行くので、ナリとモッチーも一緒に診断を受けることになっていた。
「俺が事故って怪我したとき、病院の人たちが助けてくれたろ?
 先生も看護師さんもソシオに優しくしてくれたじゃないか
 まあ、猫好きの人たちだったんだろうけど」
モッチーは震えるソシオの肩を抱いて優しく髪を撫でてやっていた。
「だって、あの時はモッチーが『患者さん』だったもん
 今回は俺が診察されるんだよ
 あちこちいじくり回されて、血を採られて、売ってくれって言われるかも」
「絶対、言われないから」
いつまでもグズっているソシオを、モッチーは根気強く諭している。
ソシオの恐怖か僕にも伝染してしまっていた。

「僕…狂犬病の予防注射されるのかな、あの注射しないと飼い主が怒られちゃうんだよね
 ナリが怒られないよう、僕が頑張らなきゃ」
そう言うものの、膝の上で組んだ手がカタカタと震えてしまっていた。
「注射はされないよ、採血されるのは私とモッチーだけだから
 しっぽやの所員はごく軽い診断で済ませてもらってるんだって
 ゲンのところに就職したモッチーはもとより、私まで一緒に受けさせてもらえるんだからありがたい事なんだよ
 秩父診療所のカズ先生って方が診てくれるんだ
 カズ先生って化生の飼い主じゃないけど、以前に親しくしていた化生がいたらしくてね
 その化生の願いを叶えるために健康診断を引き受けてくれた、ってゲンが言ってた
 ゲンが長瀞を飼う前に消滅した化生だから、しっぽやとは長いお付き合いのお医者様だね
 それだけでも、とても良いお医者様だと想像できるよ」
穏やかに言うナリの言葉で、僕の不安は和らいでいく。
「消滅した化生の願い…?」
飼い主のこと以外、何かを願う化生がいるのだろうか、と不思議に思った僕に
「君たち化生が健康で健(すこ)やかに暮らせること、それが願いだってゲンが言ってた
 ふかやとソシオには、とても優しい先輩がいたんだね」
ナリはそう教えてくれた。
それは心が温かくなるような答えだった。

「秩父診療所の親鼻…
 俺が化生したときにはもう消滅してたけど、古い武衆の奴らが話してたの聞いた事がある」
後部席からソシオの呟きが聞こえた。
「そんな良い化生が信頼した人だ、大丈夫だよ」
モッチーの慰めの言葉に、ソシオは今度は素直に頷いていた。


診療所の側にある専用駐車場に車を停め、僕たちは建物に向かっていった。
扉は閉まっておりそこに『本日臨時休診日・急患の方は秩父総合病院を受診し、当院の診察券を提示してください』そんな張り紙が貼ってあった。
「お休み?」
ソシオが小首を傾げると
「いや、しっぽやの健康診断の日は休診にしてもらってるらしい
 他の患者さんと会わなくて済むような配慮だ
 診療所を貸し切りって、凄いな」
モッチーがそう答えて、守るように彼を抱き寄せていた。


「私たちの到着する時間に合わせて鍵を開けておいてくれる約束なんだ
 部屋を出る前に電話しておいたから、開いてると思うよ」
ナリが診療所のドアを引くと、それは難無く開く。
「じゃあ皆入って
 間違えて入ってくる患者さんがいるかもしれないから、私が最後に鍵をかけるね」
ナリに促され玄関でスリッパに履き替えて、僕を先頭に一行はぞろぞろと建物内に入っていった。

シンと静まりかえった待合室、消毒液の臭い、僕とソシオは緊張が戻ってきてギクシャクとした動きになってしまう。
「ごめんください、健康診断を受けにきたしっぽやのものです」
ナリの呼びかけで、診察室とプレートがかかっている部屋の扉が音もなく開いた。
「「ひっ」」
僕とソシオは恐怖のあまり飼い主の背に隠れてしまった。
その背から怖々と顔を出し、診察室から現れた人物を確認する。
そこには、僕が知っているどの人間より年をとっている感じの男の人が立っていた。
白衣を着た人は僕たちを見回して微笑むと
「初めまして、こんにちは」
そう挨拶をしてくれた。
その穏やかな笑顔を見て、僕もソシオも緊張が少しほぐれていった。
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