しっぽや5(go)

□新たな仲間に習う未来
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「ごめん、仕事中なのに触り過ぎちゃった」
俺は慌てて黒谷の髪から手を離す。
「いえ、日野の手の感触が余りにも心地よすぎてつい
 こちらに誰も居なかったので、気を緩めすぎました
 控え室のシロと猫達は気配が小さく寝ているようで、僕の状態には気が付いてません
 助かりましたよ」
そう言いながらも、彼は離された俺の手を愛おしげに見つめている。
「…今晩、泊まりに行っちゃおうかな
 黒谷にお預けさせちゃってるし」
彼の可愛い反応に俺も気分が高ぶってきた。
「僕だけの特別ボーナスですね
 日野からしかいただけない、最高のボーナスです」
「俺にとってもボーナスだよ」
俺達は熱く見つめ合って、唇を重ねた。


コンコン

ノックの音で俺達は我に返り、唇を離す。
それがなければ、もっとディープなキスに発展しそうな雰囲気であった。
いつもは事務所の外の気配にも敏感な黒谷だが、それが感じられなくなるくらい俺に気を取られていたようだ。

ドアを開けて入ってきたのは、先ほどの話題にも出たソシオだった。
「ただいまー、チビスケ送り届けてきたよ
 あれくらいの月齢は、ちょっと目を離すと居なくなっちゃうんだ
 スバシッコい上に好奇心旺盛で、色んなものに興味持っちゃって後先考えないで突撃するの困りものだよね
 飼い主さん自分を責めてたから、あんまり気にしないよう言っといた
 あ、これ、依頼達成報酬と契約書ね、報告書は今から書くよ
 って、どうしたの黒谷、顔が赤いけど
 犬には今日の陽気は暑い?」
ソシオは首を傾げて黒谷を見ている。
初めて会ったときは落ち着いた感じに見えていたソシオだが、飼い主が出来てからは陽気でやんちゃな面を見せることが多くなった。
『それが本来のソシオの姿なのでしょう
 愛してくれる飼い主が居なければ、僕だって気分は浮き立ちません』
黒谷の説明を思い出し、明るい笑顔を見せるようになってくれたソシオが健気に見えた。

「ご苦労様、仕事には随分慣れたようだね
 ああ、今日は少し暑く感じるかな
 君達猫には、これでもまだ肌寒いのだろう?」
「春っぽくなってきたけど、今日みたいに曇りの日は寒いよ
 ずっとモッチーに抱っこされてたら、温かく過ごせるんだけどさ」
不満そうな顔が可愛らしかった。
「ソシオ、温かい飲み物つくろうか?」
そう問いかけると
「大丈夫、モッチーのコーヒー、マイボトルに入れてきたから
 冷めててもチンすれば温かいよ
 黒谷と日野も飲む?
 モッチー、今日はゲンの店が定休日でお休みだから朝に余裕があって、多めに持たせてくれたの
 皆さんもどうぞって
 モッチーのコーヒー、自分で豆を挽く本格的なものなんだよ
 時間がないとインスタントで済ませちゃうけど、食後とかゆっくり出来るときは淹れてくれるんだ」
ソシオは幸せそうな顔で答えた。

「自分で豆から挽くって、こだわってるじゃん
 ちょっと分けてもらおうか、黒谷」
「そうですね、ソシオ、お願いします」
「任せて!」
ソシオは嬉しそうに準備を始め、俺達にコーヒーカップを手渡してくれた。

「まずは香りと味を確認して、砂糖やミルクは好みで入れてね」
カップに顔を近づけると、コーヒーの香気に包まれて気持ちがリラックスしていくようだった。
ブラックの状態で一口飲んで驚いた。
「そんなに苦くなくて、ちょっと酸っぱい」
ミルクや砂糖の量で味を調節できるけど、コーヒーはもれなく苦いものだと思っていた。
「俺用には浅煎りを淹れてくれるんだ
 俺、ちょっと酸味がある方が好きだから
 深煎りは焦げ臭く感じちゃってさ
 でも、カフェオレにするなら深煎りの方がどっしりした味になって好き」
ソシオは飼い主の受け売りだろうコーヒーの解説を嬉しそうに話している。
「愛されてるね」
俺が笑うと
「うん!」
ソシオは大きく頷き、華やかな笑顔を見せる。
愛される化生が増える、それはとても喜ばしいことだった。


コーヒーブレイクを楽しんでいると、ふいにソシオがポケットからスマホを取り出した。
「モッチーからメールだ」
伺うように黒谷を見る。
見られた黒谷は笑顔で頷いた。
中身を確認したソシオから歓声が上がり、俺と黒谷は驚いてしまう。
「直ったって、今日来るんだって!」
テンションが上がり言葉の主語が抜けまくっているため、状況がさっぱりわからなかった。
ポカンとする俺と黒谷に
「あのね、モッチーが事故にあった時に乗ってたバイク、予定より早く直ったから、今日、納品してもらえるんだって
 モッチーのお休みの日に間に合うよう、修理の人が頑張ってくれたみたい
 モッチーのバイク、黒くて大きくて凄く格好良いんだ
 またモッチーと一緒に乗れるの楽しみ
 早くバイクに会いたいな」

事務所中を駆け回りかねないソシオを見かねてか
「じゃあソシオは今日はもう上がって良いよ、報告書は明日で良いから
 タケぽんが猫捜索の補佐に入ってくれてるんで人員的には大丈夫
 ひろせが凄く張り切ってるしね
 美味しいコーヒー飲ませてもらったお礼」
黒谷が笑いながらそう告げる。
「良いの?ヤッター!」
ソシオはこのまま影森マンションまで飛び跳ねて行くのではないかと思うくらい、身軽にジャンプを繰り返して喜びを表していた。
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