しっぽや

□しっぽや
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「私が参ります」
扉の向こうから、落ち着いた感じの男の声が聞こえてきた。
「お?シロが猫探しで動くなんて珍しいな?」
黒谷が驚いた声を上げる。
「はい、必ずお役に立ってみせます」
そう言いながら扉を開けて出てきたのは、上品な白いスーツに赤いネクタイ、長身で均整のとれた肢体の男だ。
20代後半くらいでモデルみたいに端正な顔立ちの上、髪が白いので神秘的に見える。
ポカンと眺めてしまっていた俺にその人物は近寄ってきて
「初めまして荒木様、私はシロクと申します」
そう言うと、そっと名刺を手渡してきた。
『ペット探偵 しっぽや
 所員 影森 白久(かげもり しろく)』
そこには、そんな文字が印字されている。

「あれ?影森って…黒谷さんと兄弟ですか?」
全然似てないけど、と思いながら聞いてみると
「ここに所属する者は皆『影森』を名乗るんだよ
 何て言うか…ハンドルネームって奴?」
黒谷が軽い口調で言う。
「最近では『ハンネ』と略すようですよ」
大真面目に黒谷に講釈する白久に
『略されても!
 ってか、その名前、絶対ハンネじゃないよね?』
俺は心の中で、激しく突っ込んだ。

『何だか変だ、ここの事務所の人達…やっぱ、他をあたろう』
あまりの怪しい雰囲気に、俺はソファーから立ち上がり
「えっと、料金払えないかもしれないから、ちょっと出直してきます」
そろりと足を扉に向ける。
「お待ちください、荒木様!
 料金は出来高払いにございます
 もし私が失敗したら料金は無料、成功すれば私を飼っていただきたいのです」
俺の肩を掴んだ白久が何を言っているのかさっぱり意味が分からないものの、その発言が危ないものである事は十分理解出来た。
助けを求めるように黒谷を見ると
「シロ、大胆!そこまで彼のこと気に入ったんだねー」
何故か、微笑ましいものを見る目でこちらを見ている。

『この事務所、絶対ダメだ!』
焦って背の高い白久から逃れようと身を捩るが、チビな俺にはその拘束から逃れることは不可能だった。
「では荒木様、私の部屋で打ち合わせをいたしましょう」
もがく俺をそのまま引っ張りながら、白久は扉の外に出る。
最後に見た黒谷は胡散臭い笑顔で
「まいどありー!シロ、ちゃんと今日の日当貰えよー」
と言って、手をヒラヒラ振っていた。

ビルの1階に着くと、やっと俺は解放される。
「何でわざわざお前の部屋に行かなきゃいけないんだよ!」
いきりたつ俺に白久はキョトンとした瞳を向け
「荒木様、お金がないようでしたので
 喫茶店などで打ち合わせすると、余計な料金が発生してしまいますよ?
 私の部屋なら、お茶くらい無料でお出しいたしますが」
そう言われると、俺も強く言い返せなかった。
そのまま引きずられるように道を歩くと、平屋の多いこの辺には不似合いな豪華な高層マンションが現れる。
キレイで新しい表示板には『影森マンション』と書かれてあった。

「え、ここって…?」
思わず白久を見上げると
「ここの最上階から3階下までは、社員寮という取り扱いになっております」
白久はにこやかに答えた。
『こんなデカいマンション持ってるなら、きちんとした企業なのかな…
 小さい事務所に見えたけど、所員の数、けっこーいるんだ』
正面玄関のキーロックに数字を打ち込んでいる白久を見て、そんなことを考える。
庭もない、小さな戸建てに住んでいる俺は、何となく腰が引けていた。

「こちらです」
エレベーター(何と、社員寮階専用!)に乗り、そう案内されて入った部屋は、12畳程のワンルームであった。
生活するのに必要最低限の家具しかない部屋は、住人の個性を感じさせない。
「どうぞ、座ってくつろいでください」
ガラステーブルの側に置いてあるクッションに座り所在なく辺りを見回していると、程なく白久がトレイを持ってやって来た。
「お茶請けは、あられでよろしいですか?
 甘味がお好みなら、甘納豆もありますが」
そう言って、焙じ茶の入った湯飲みを俺の前に置く。
「お構いなく」
俺は恐縮しながらも
『本当にお茶…しかも、あられ…
 祖母ちゃん家だって、コーラにポテチとかクッキー出してくれるよ』
豪奢なマンションでもてなされているとは思えないラインナップに、俺は何だかおかしくなってきた。

お茶を飲んで一息付くと
「お探しなのは猫とのことでしたね
 名前や年齢、毛色、居なくなったときの状況を教えてください」
白久がそう切り出した。
お茶を飲んで和んでいた俺の意識が一気に緊張する。

「あ、はい、猫の名前は『クロスケ』
 俺が生まれた日に生後1ヶ月くらいのクロスケを親父が拾ったって言ってたから、多分17歳過ぎかな
 黒猫だけど、歳とってきて白い毛がチョボチョボ混じってきてるんだ
 目は金色、首輪は赤、尻尾が10cm弱って中途半端な長さが特徴です
 雄で去勢してあります
 暑くなってきたから窓を開けて網戸にしてたんだけど、その網戸を押したみたいで
 物音に気が付いて見に行くと網戸が外れてて、クロスケが居なくなってたんです
 今まで脱走なんてしたの1回も無かったのに…
 あいつ、完全室内飼いで外になんて出たことないし、土地勘無いから自分じゃ帰ってこれないよ」
俺は白久に説明しながら、不覚にも涙が出てしまった。
猫1匹のために泣いている俺を、白久は微笑んで見ていた。
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