しっぽや3(ミイ)

□天使の園
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「そうですか、貴方達はここでの仕事を誇りに感じているのですね
 ええ、そうです、貴方達は至高の存在です
 美しく、徳高き魂です
 だからこそ、人は貴方達と触れ合って癒される」
波久礼が猫を撫でながら、何やら呟いていた。
気が付くと、波久礼の周りには数匹の猫が寄り添っている。
他の客が、羨望の眼差しでそれを見ていた。
「ちょ、何だよあいつ、猫プロじゃん
 よくまあ、猫の自尊心をくすぐる言葉をベラベラと
 俺たちより猫と意志疎通出来る分、あいつの方が有利ってことか」
ゲンさんが悔しそうな顔になる。
多分、俺も同じ顔になっていた…

「ゲンさん、ランチの用意出来ましたよ」
受付の女の人が俺達を呼びに入ってくる。
「よし、いったん休憩だ」
ゲンさんは抱いていた猫をそっと下ろすと、波久礼を呼びに行く。
ゲンさんと一緒に近付いてきた波久礼は、心ここにあらず、といった様子であった。
イートスペースでオムライス(ケチャップで肉球が描かれていた)を食べながら
「ゲン殿、ここは素晴らしい場所ですね
 猫達は安心しきって人に身を任せ、人は猫に癒される
 しかも、ここにいる猫達は保護された者も多い
 苦難の末に、あのもの達は安住の地にたどり着けたのです」
波久礼はしみじみと口にする。
「お前…いつの間にそこまで猫と意志疎通を!」
ゲンさんが驚いた顔を向ける。
かく言う俺も、驚いていた。
「ゲン殿、わかりました、これが猫と意志を通わせるということなのだと」
波久礼の猫バカ度は、格段にアップしているように見えた。

「ゲンさん、ご新規さん連れてきてくれたんだって?」
そんな言葉と共に、1人の人物が近付いてくる。
波久礼ほどではないが、白久と同じくらい背が高くガッシリとした体つきのオジサンだ。
アゴヒゲを生やしてるけど、柔和な顔で笑っているから威圧感はあまりない。
「どうも初めまして、ここの店長の熊谷(くまがや)です
 僕のことはゲンさんみたいに、『クマさん』とでも呼んでください
 いやー、男の猫好きさんが増えるのは嬉しい限りだね」
ニコニコ笑う店長さんに
「初めまして、俺は野上荒木です」
俺は椅子から立ち上がり、慌てて頭を下げる。
同じく立ち上がった波久礼を見て
「お、君、大きいね!目線が上の人と話すのは久しぶりで新鮮だ
 僕達みたいなデカブツが猫好きだと、驚かれるでしょ」
クマさんはハハハッと笑った。
波久礼は頬を染め、潤む瞳でクマさんの事を見ていた。
それは、初めて会った時、白久が俺に向けた表情によく似ていてギョッとする。

「貴方様がこちらの責任者の方でございますか
 私は波久礼と申します
 ここは、本当に素晴らしい場所ですね
 猫達はここにとても満足しております
 貴方様は、なんと尊い場所をお作りになったことか!」
波久礼が、感に堪えないといった調子で話し出した。
「そんなに気に入ってくれた?嬉しいね
 よし、じゃあ君たちには特別に良いもの見せてあげよう
 ちょっと待ってて」
クマさんはそう言って去っていく。
波久礼は熱い瞳でクマさんが去った方を見つめていた。
俺とゲンさんは顔を見合わせる。
ゲンさんにも俺と同じ疑念が胸の内に生じたはずであった。

「あ、っと、波久礼?
 もしかして、お前、クマさんに…?」
ゲンさんが恐る恐る話しかけると
「はい、あの方を見た瞬間、魂が震えるのを感じました!」
波久礼は頬を染めてキッパリと口にした。
「クマさんと波久礼…それ、クドすぎんだろ」
呆然と、ゲンさんが呟く。
失礼だけど、俺も同じ事を考えていた。
「あの方は私と同じ魂…
 同じ、猫に使えるべき運命の元に存在する魂です!」
「「は?」」
俺とゲンさんは、あまりの想定外の波久礼の言葉に言葉を失った。
波久礼の猫バカは、取り返しの付かないところまで一気に加速していた…
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