しっぽや3(ミイ)

□遠い憧憬
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早速、今日発見した公園に行ってみる。
木陰なら太陽の下で運動する事を避けられると、先程目星を付けたのだ。
公園に着くと私はオモチャを取り出して、それを振ってみせた。
最初は軽く、徐々に激しく振ってやると、羽生はそれに飛びかかってくる。
羽生の手がオモチャに付いている羽に触れる寸前で、私はそれを逆方向にクイッと動かした。
羽生の手が空を掴む。
バランスを崩しかけた態勢を羽生は見事に立て直し、直ぐにまたオモチャを追い始めた。
『ふむ、なかなかやるな』
オモチャが弧を描くように大きく振ると、羽生はそれに合わせて見事なジャンプを見せる。
だんだん動きの良くなってくる羽生にオモチャを取られまいと、私も激しくそれを振った。
しかしついに、羽生にオモチャを捕まえられてしまった。
プツンと糸が切れ、均衡が崩れた私と羽生は同時によろめいた。
「ごめんなさい!壊しちゃった」
慌てて羽生が謝ってくる。

「大丈夫、モロそうな作りであったので、予備も用意しておいた
 それより羽生は凄いな
 どんどん動きが良くなってくるぞ
 前の世では狩りをしたことは無かったのだろう?
 育っていれば、一流のハンターになったろうな」
私が笑顔を向けると
「タンレンって楽しい!
 波久礼って、もっと怖い人かと思ってた!
 波久礼、もっとタンレンして!」
羽生は満面の笑みを向けてくる。
その笑顔に
『ハーレーおじちゃん、もっと、ちっぽパタパタちて』
狼犬の私と意思疎通を計ろうと、たどたどしく想念を通わせてくる子猫達の姿が被って見えた。
小さくて愛しいその存在、私が育てた子猫達。
羽生の笑顔は、遠い憧憬を思い起こさせた。

「よし!次はそう簡単に取らせんからな、全力で来い!」
私が挑むように言うと
「俺だって、負けないよ!」
羽生はまた、満面の笑みを向けるのであった。

身の軽い羽生は、私がどんなに激しくオモチャを振っても、的確に追ってこれるようになっていった。
『素晴らしい身体能力だ
 猫の体なら、鳥を捕まえる事も可能であろう』
私はその結果に大いに満足する。

最後のオモチャが壊れると、私と羽生は疲れ切ってその場に座り込んでしまった。
暫くは切れた息を整えるため無言であったが、やがて羽生が
「ありがとう!楽しかった!
 また、タンレンしてくれる?」
上目遣いにそんな事を聞いてくる。
「ああ、また三峰様にお暇をいただいたらこちらに来よう」
私が言うと羽生はエヘヘッと笑った。
「あのね、こないだサトシと見たドラマにこんなのあった
 稽古つけてくれる人のこと『師匠』って呼ぶんだよ
 波久礼は俺の『師匠』だね
 今度から波久礼のこと、師匠って呼んで良い?
 人間の真似出来るの、楽しいから」
嬉しそうな羽生の頭を撫でながら
「ああ、楽しいな」
私はそう答える。

『私が子猫達を可愛がっていたのは、あのお方の真似をしたかったからなのだろうか…』
ふとそんな事を考えたが、それが無くとも子猫という存在は守るべき、愛しいものに思えるのであった。

一瞬自分の思考に落ちていた私の肩に、羽生がコツンと頭をぶつけ、そのままズルズルとスベっていく。
「あ、おい、羽生…」
『大丈夫か?』と問い掛けようとした私の耳に、羽生の規則正しい寝息が聞こえてくる。
「まだまだ子猫だな…」
子猫と言うものは全力で遊んだ後、急にコトンと寝てしまうのだ。
『あのお方はそれを「電池切れ」と呼んでいたっけ』
そんな子猫達を回収するのも、私の役目であった。
私は羽生を起こさないようそっと背負うと、事務所への道を歩いて行った。
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