しっぽや3(ミイ)

□遠い憧憬
1ページ/5ページ

side〈HAGURE〉

本日、三峰様にお暇をいただいた私(波久礼 はぐれ)は、しっぽや事務所へと向かっていた。
いつもとは違う道を通ってみると意外な発見がある。
『こんな所に公園があるのか』
そこは、生け垣に大きな木が植えられており、涼やかな木陰を作っていた。
わざわざ違う道を通ったのは、途中にあるペットショップに行ってみるためであった。
欲しい物があるため立ち寄るだけで、私達化生はこの手の店が好きではない。
店頭に並ぶ、年端もいかない子供達を見るに忍びないからだ。
売れ残った子供達は繁殖用に回されて、悲惨な最後を遂げる運命にあるものも少なくない。
野良生活をしていなくとも、犬や猫が良い飼い主と巡り会えないケースは多いのである。

ペットショップに入り、なるべく子供達を見ないようにしながら、私は猫用のオモチャが置いてあるコーナーを物色し始めた。
『うーむ…色々なタイプがあるものだ』
狼犬であった時は自分の尾を使って子猫を遊ばせていたため、このような道具を使った事は無かったのだ。
『今の体格であれば、相手と距離をとれる物の方が良いだろうな』
そう考えて、私は釣り竿の糸の先に鳥の羽を使ったヒラヒラとしたオモチャが付いているタイプを選ぶ。
モロそうな作りであったため予備も含め3つ程買い求めると、それを持ってしっぽや事務所への道を急いだ。

いつもより控えめにノックし扉を開けると、黒谷がニヤニヤとしながら私を迎え入れた。
「何?今日はやけにしおらしく入ってきたじゃない
 具合でも悪いの?」
そう聞いてくる。
「いや、別に、そういう訳では…」
私はキョロキョロと事務所内を見回した。
「あー、その、羽生はいるか?」
ゴホンと咳払いをしながら私が尋ねると
「いるよ、なんだ羽生ご指名?
 おーい羽生、波久礼のご指名入ったよ
 こっち、おいでー」
黒谷がそう叫ぶ。
「お、おい…」
私が制止しようとすると、所員控え室の扉がカチャリと開き、隙間から羽生が顔を覗かせる。
明らかに、怯えた顔をしていた…

「あ、いや、何
 長瀞から『羽生に稽古をつけてくれ』と言われたものでな
 その…、少し体を動かさないか?」
私はなるべく穏やかに聞こえる声で話しかけてみる。
羽生は、困ったように黒谷を見ていた。
「付き合ってあげて、このおじちゃん、飼い主いないから寂しいんだよ」
黒谷がニヤリと笑ってそんな事を言う。
「飼い主がいないのは、お互い様だ」
私はギロリと黒谷を睨むが、彼はいつものように飄々としていた。

羽生はまだ、所員控え室の扉の影から出てこない。
私は先程買い求めたオモチャを取り出すと、それを振ってみせる。
「これを使って、簡単な鍛練などどうかと思うんだが」
まるで、鳥か羽虫が飛んでいるようにオモチャを振ると、羽生の目が輝き扉の影から姿を現した。
「こ、これ、何?」
オモチャを目で追いながら、うわずった声で問い掛けてくる。
もしも子猫の体であったら、瞳孔がまん丸になり、ヒゲが前を向いていたことだろう。

「簡易、鍛練マシーンと言ったところかな」
私の言葉に
「波久礼、いくら何でもマシーンは無いよ
 それ動かすの人力だろ…」
黒谷が呆れた声を出す。
私はそれを無視し
「私がこれを振るから、羽生がこれを捕まえるという、鍛練と言っても遊びのようなものだ」
そう、羽生に話かける。
羽生は瞳を輝かせ
「やりたい!」
元気良く答えた。

「ああ、ちょっと待って、ここでドタバタやられたら、僕が下の階のゲンに怒られるよ
 外でやって」
黒谷の言い分はもっともなことであったので、私と羽生は外に移動した。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ