しっぽや3(ミイ)

□捜索依頼〈三峰〉
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「波久礼さー、もうちょっと静かに入ってきてよね
 君が来ると猫達が怯えちゃって可哀相だよ」
黒谷が文句を言うと
「私は以前は子猫の子守役として群の中で唯一、あのお方のお住まいに出入りを許されていたのだぞ
 あのお方は、室内で何匹も猫を飼っておられたからな
 群の他の狼犬は猫と馴染まなかったゆえ、私だけが特別にその名誉に預かったのだ」
波久礼はムッとした顔で、そう反論する。
「子猫達は皆、私の尾にじゃれついて育ったため、ネズミの捕れないウスノロなど1匹もいなかったぞ
 里子に出された先でも、重宝されたと聞いている」
波久礼は誇らかな顔で頷いた。
「出たよ、波久礼のうちの子自慢
 これでこいつ猫好きなんだから、何だかねー」
黒谷が肩をすくめた。

「ここにいる猫達は犬ならまだしも、狼犬なんて見たこともない者ばかりです
 もう少し優しくしてやらないと、懐いてくれませんよ
 羽生は化生直前、本当に小さいうちに死んでしまったのです
 まだ、ネズミも捕れない子猫なのですよ」
私が言うと
「あいつ、ダンボール箱で飼われてたんだろ?
 そんな物すら乗り越える力のない、いたいけな小さな子猫だったんだ
 あー、そんな子猫が1人で三峰様を探しに行かされるなんて」
黒谷が大仰に溜め息を付く。

波久礼はぐっと言葉に詰まるが、時計を睨むと
「まだ見つからんのか?
 途中報告の1つも寄越さず、何をやっているんだ、あの若造は!」
そう、大声を出した。
「心配してる、心配してる
 波久礼みたいなのを『ツンデレ』って言うんだろ」
黒谷がニヤニヤ笑いながら、そう言った。

事務所の扉が開く前から、私には気配でそこに荒木が来ていることがわかっていた。
羽生が扉を開けると
「荒木!」
私の体は自然に動いていた。
「羽生、三峰様は見つかったのか?」
羽生が戻ってきたことに明らかにホッとした顔で、波久礼が問いかける。
「いえ、あの、その…」
羽生が言いよどむと
「すいません、俺がちょっと羽生を引き止めちゃってたから…」
荒木がすかさず弁解した。
「何だ、お前は?」
初めて見る人間に、波久礼は露骨な警戒を見せる。
狼犬は交配された種とは言え、野生の血が濃くて警戒心が強い。
そのため波久礼は三峰様を警護する武州(武衆)を率いる立場にあるのだ。
「荒木は私の飼い主です」
私は荒木を抱き締めながら、そう宣言する。
それは、私をこの上なく誇らかな気分にさせる言葉であった。

三峰様は荒木と共に戻ってきておられた。
荒木がどのような飼い主なのかを確認するために、今回わざわざ来てくださったそうだ。
三峰様は荒木をとても気に入ったご様子なので、私は安堵する。
波久礼もプレゼント(匂いからして、鳥の唐揚げのようだ)を貰った事により、荒木に敬意を払ってくれた。
警戒心が強く粗雑な感じを受けるが、波久礼は根は単純で義理堅いのだ。
そのため、武州の下の者にはとても慕われている。



三峰様と波久礼が帰った後、私と荒木はお昼ご飯を食べに外出する。
「白久、遅くなっちゃってごめんな
 お腹空いただろ」
荒木は申し訳なさそうな顔をするが、私は首を振って否定した。
「いいえ、荒木が来てくださるだけで、胸がいっぱいになります」
私の言葉に、荒木は顔を赤らめた。
それはいつ見てもとても可愛らしい表情で、たまらない愛しさが込み上げてくる。

「荒木に教えていただいたおかげで『ファミレス』に入れるようになりました
 先日はクロと2人で行ってみたのですよ
 あそこのメニュー、自分では作れない料理も多いので、たまには良いものですね」
私が言うと
「じゃあさ、今日はファーストフードに行ってみようか
 駅の向こうにエムバーガーって店あるの知ってる?
 あそこ、ファーストフードの中じゃかなりレベル高くて美味しいんだ!
 ご飯で、かき揚げやキンピラを挟んだのもあるんだよ」
荒木は笑顔でそんな提案をしてくれる。
「ご飯?おにぎりのような物ですか?」
想像がつかずそう尋ねる私に
「うーん、おにぎりや寿司とは違う感じかな
 和風だし、きっと白久は気に入ってくれると思うんだけど」
はにかむ笑顔の荒木に、私はまた愛しく幸せな気持ちが湧き上がってきた。

「それでは、そこに参りましょうか」
荒木と並んで歩きながら
『どうか、今の世では荒木の役に立てますように』
私は、そう願わずにはいられなかった。


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