しっぽや3(ミイ)

□捜索依頼〈三峰〉
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side〈SHIROKU〉

梅雨の晴れ間となった土曜日。
私は朝から心が浮き立っていた。
今日は私の飼い主である荒木が、しっぽやにバイトに来てくれる日なのだ。
そろそろ高校の授業が終わり、こちらに向かっている最中であろうか。
私は早く荒木の顔が見たくて、所員控え室ではなく事務所の応接セットのソファーに腰掛けていた。
つい何度も、壁に掛けてある時計を見てしまう。
そんな時

ドダダダダダッ

大きな足音とともに、事務所の扉がバンッと乱暴に開かれた。
「三峰様は、いらしているか?」
入ってきたのは、ゼーゼーと息を切らし焦った顔をした巨体の持ち主、狼犬の化生、波久礼(はぐれ)であった。
「波久礼、事務所を壊すつもりか?
 もっと丁寧に扉を開けてくれよ」
黒谷が呆れた声を出す。
「三峰様はいらしてませんよ
 貴方と一緒に来るのではなかったのですか?」
私が問うと
「途中までは一緒だったんだが、その……
 何というか、色々あって行き違ってしまったようなのだ」
波久礼はゴニョゴニョと弁解する。
私も黒谷も彼の服からうっすらと漂う揚げ物油の匂いで、どう行き違ったのか察しがついていた。

「私がここを動いたら、またすれ違いかねん
 手の空いている者がいたら、探しに行ってくれ
 そうだ、新入りがいたな?
 羽生、お前が出ろ」
波久礼の命令に、所員控え室から羽生がオドオドと姿を現した。
困ったような瞳を私と黒谷に向けてくるので
「羽生、三峰様にはお会いしたことがありますね
 近くにいるはずなので、気配を探ればすぐにわかります
 行ってきなさい」
そう指示すると、羽生はコクリと頷いて事務所から出ていった。

「波久礼、何か飲みますか?
 走って探し回っていたのでしょう?
 焦っているから、気配を探れないのですよ
 落ち着いて探せば、すぐに見つかったでしょうに」
私が苦笑しながら言うと
「三峰様がいなくなってしまわれたのに、落ち着いてなぞいられるか!」
波久礼はドッカリとソファーに腰掛け顔を歪めた。

「ああ白久、アイスコーヒーを頼む
 ミルク多めでな」
そう言う波久礼に
「お前のその注文は『アイスカフェオレ』と言うのだよ」
黒谷がチャチャを入れる。
「『カフェオレ』は女の飲み物だと、あのお方は言っておられた」
波久礼は憮然とした顔で言い返す。
『あのお方』と言うのは、波久礼の以前の飼い主の事だ。
我々は、化生する直前の飼い主の思考に影響されている。
私も荒木に飼っていただく前は、以前の飼い主の生活様式を模していた。

私はミルクとコーヒーを半量ずつグラスに入れ、アイスカフェオレを作るとテーブルに置く。
波久礼は喉が渇いていたらしく、一気に飲み干した。
「どうだ、新入りは使えるようになってきたのか?」
少し落ち着きを取り戻した波久礼が、そんな事を聞いてきた。
「最初に比べたら、随分マシになったよ
 飼い主が教師だからね、色々教わっているんだ」
黒谷が答えると
「化生直前の飼い主に、再度飼ってもらえるとは
 あの猫は、これ以上無く運が良いな
 私は、何もかも間に合わなかった…」
波久礼が遠い目をする。
「僕もだよ」
黒谷が苦笑した。
「私もそうでした」
そう言いながらも、今は新たな飼い主がいる自分は幸運であると、私は強く思っていた。
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