しっぽや2(ニャン)

□デカ飼い主&飼い猫奮闘記
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side<TAKESI>

「目出度い料理…、目出度い料理?
 何があるかな〜」
このところの俺は、荒木先輩と日野先輩のプチ合格祝いのことで頭がいっぱいだった。
「目出度いメニュー」をスマホで検索すると正月料理が出てくるが、合格祝いに相応しいのかは謎だ。
ひろせが俺の合格祝いや誕生日に作ってくれた桜のパウンドケーキと鯛飯は、既に先輩たちの飼い犬が作ってお祝いをしたらしい。
白久と黒谷がひろせの部屋に習いに来ていたと聞いている。
それに被らないよう、ひろせのオリジナリティーを感じさせるメニューを考えたかった。

「大皿料理が派手で良いけど、土鍋で鯛飯炊いてもらってるから被るよな
 デザートには桜餅とか道明寺が桜咲く演出に合いそう
 でも、桜さん達がよく行くお店で買った方が早いよね
 せっかくなら、全部ひろせの手作りで振る舞いたいな
 それなら俺もちょっとは手伝えるしさー
 2人でお菓子を作るとか、良いシチュエーションじゃん
 頼りになるとこ見せられるかも!
 …、うん、まあ、それは無理だって自分でも分かってる
 ひろせの方が圧倒的にお菓子作りが上手いもんな」
ブツブツ言いながら頭を抱える俺は、周りから見たら不審者そのものだろう。
幸いしっぽや控え室にはうたた寝している猫しかいないので、俺が冷たい目で見られることはなかった。

俺は控え室を見渡して、また自分の考えに没頭していった。
「控え室のテーブルでお茶の時間に食べるから、品数は多くない方が良いのかな
 いや、日野先輩がいるんだ、馬に食わせるほど用意しないと俺の身が危ない
 ベタだけどホールケーキに『合格おめでとうございます』とかメッセージ書くのが良いかも
 見た目もゴージャスでボリューム満点
 3種類位用意すれば十分かな、どうせなら和洋中で
 あとはしょっぱい系だ
 巻き寿司が華やかだけど、あれは日野先輩の専売特許みたいなもんだから止めとくか
 となると、サンドイッチがお手軽だよな
 荒木先輩の好きなエビとアボカドのサラダとかも入れられるし
 うん、何か、良い感じになってきたじゃん」
俺は自分の考えに満足する。

そんな俺の心に、ふと幸せな風が吹いてきた。
控え室の猫達は気が付かないのか、気にしていないのか、相変わらずうつらうつらとしていた。
俺は立ち上がると事務所に移動する。
黒谷がニヤニヤして俺を見ていた。
「もう、そこの角の所まで来てるよ」
俺が得意げに言うと
「凄いね、僕にはまだ感じないよ
 波久礼なら分かると思うけどさ」
黒谷は悪戯っぽい返事を返してきた。
「今、階段のとこまで着いた」
「ああ本当だ、流石にここまで近ければわかるよ」
そんな事を話し合っている間に


コンコン

ノックの音がして
「ただいま、タケシ!」
俺の愛しい飼い猫のひろせが笑顔で事務所に帰ってきた。
「無事、発見保護出来ました
 ちょっと気が立ってるので、もう少し落ち着いたら送り届けに行ってきます」
ひろせが持っているケージからは、怯えすぎて怒っている猫の気配がしている。
「お帰りひろせ、お疲れさま」
俺は愛猫に近寄ると、労(ねぎら)いのキスをした。
ひろせの頬が美しいバラ色に染まり、一段と華やいだ雰囲気になっていった。

「タケぽんの能力、確実に上がってるよ
 今日は僕より先にひろせが帰ってくることに気が付いたんだ
 愛のなせる技だね
 僕も負けないよう日野の気配に敏感にならないと」
黒谷の言葉を聞いて
「ずっと、タケシのことを心で呼んでましたから」
ひろせは誇らかに答えた。
「ひろせの気配は気持ち良いんだ
 甘い香りだったり、温かな風だったり、浮き立つような気分だったり、美しい光だったり
 他の化生からは感じられない、幸せの気配がするよ」
「はいはい、ごちそうさま」
肩をすくめる黒谷の目は笑っていた。


まったりした空気の中、所長机の上の電話が鳴った。
「はい、ペット探偵しっぽやです
 はい、はい、…ゴールデンレトリーバーですか」
生憎、犬の化生は出払っていて控え室には猫しか居なかった。
それを察したひろせが
「ゴールデンなら、僕が出ます」
小声で黒谷に伝える。
黒谷は軽く頷いて詳しい話を聞き出していた。
「帰ってきたばかりだけど、タケシに良いとこ見せたいから頑張ります
 こちらの方を送り届けてくれますか?」
「もちろんだよ、それくらいなら手伝えるから
 早く一緒に捜索できるよう、俺も頑張って修行するよ」

ひろせに相談したいことがあっても、今は業務中だ。
しっかり仕事をこなして、終業に気持ちよく2人で語り合いたかった。
短い邂逅(かいこう)ではあったが、自らの業務を全(まっと)うするために俺達はしばしの別れに身を任せた。
その別れの先には共に過ごせる時間があるのだと思うと、苦にはならなかった。

その日は邂逅と別れを繰り返し、慌ただしい時間を過ごす。
けれども業務終了後は2人の時間を堪能すべく、共にひろせの部屋に向かうことが出来たのだった。
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