しっぽや2(ニャン)

□最初の晩餐
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side<SOSIO>

俺とモッチーは直ぐに影森マンションで一緒に暮らせることになった。
せっかく飼ってもらえることになったけど、モッチーの仕事の関係で暫く別れて暮らす覚悟をしていたので、それは嬉しい誤算だった。
「ほんんと、ソシオが居るとタイミング良く事が進むな
 流石は雄の三毛猫だ、いや、俺達の愛の奇跡か」
自分では何だかよくわからないが、モッチーが喜んでいるので俺も嬉しくなる。
「きっと、モッチーが格好いいからじゃない?」
「いや、ソシオが可愛いからだ」
俺達はそんなことを言い合っては、顔を見合わせて笑いあう。
引っ越しの準備で忙しなくも幸せな時間を過ごしていた。


引っ越しの前夜、この部屋での最後の思い出に夜中までモッチーと契っていたので寝たのが遅くなってしまった。
当然、起きた時間も遅かった。
「ヤバい、10時回ってる、9時には起きようと思ってたのに」
先に起きたモッチーの驚いた声で俺も飛び起きた。
「アラームかけときゃよかったな
 出発には間に合うが、ちと忙しないぞ
 ちぇっ、やっぱ最後まで格好良く決められなかったか」
モッチーは苦笑して頭をかくをと
「おはよう、ソシオ」
そう言って優しくキスをしてくれた。
「おはよう、モッチー
 身支度したら、シーツとか残りの荷物纏めるね
 朝ご飯用意してくれる?」
モッチーの腕に負担をかけたくないので、引っ越し準備は出来るだけ俺がすることにしていたのだ。
「ああ、用意つっても、調理パンとペットボトルだけだが」
「飼い主に用意してもらえば、カリカリだってご馳走だよ」
「人用カリカリ?シリアルがそれっぽいな
 引っ越して2人で仕事始めたら、たまにはコーンフレークやグラノラの手抜き朝飯にするか」
「白久が手軽だけどけっこう美味しいって言ってたやつだ
 ミルクとか豆乳とかヨーグルト混ぜるんでしょ?
 食べてみたかったんだ」
飼い主と新しい予定を立てる会話が嬉しかった。


朝食の後ゴミをまとめ、最後の荷物を鞄に詰めている最中に、モッチーの友達とナリがやってきた。
「さて、どんどん運び出すからな
 引っ越し屋でのバイト歴は、お前より俺の方が長いんだ
 怪我人は座って見てな」
一番体格の良い『ダイチ』が張り切って腕まくりをする。
「私は宅配のバイト経験を生かして、段ボール箱をやっつけるかな
 割れ物系はゲンから借りたワゴンで運ぶよ」
ナリが段ボール箱の山を物色し始めた。

何人もの手で荷物がドンドン運ばれていく。
部屋はドンドン寂しくなっていった。
2時間かからずに部屋の荷物が積み込まれ、そこは生活の匂いのしない箱のような場所に変わる。
モッチーと暮らした部屋は、今は俺と彼の思い出の中にだけあった。
「部屋はここにあるのにもう無いなんて、不思議…」
箱を見渡して俺が呆然と呟くと
「これから、新しい部屋を2人で作っていこうな」
モッチーは俺の肩を抱き寄せ、頭を撫でてくれた。
俺達の側に寄ってきたナリが小声で
「猫は家に付くっていうからね、環境の変化に敏感だ
 ヤマハとスズキも、最初はどれだけふかやが説得しても落ち着かなかったっけ
 でも、今はくつろぎまくってる
 モッチーが居るし、ソシオも直ぐに新しい部屋に慣れるよ」
そう囁いた。
「うん」
俺は感傷的な気分を振り切るように頷いた。
考えれば、あれだけ長く居た三峰様のお屋敷を離れるときだって、こんな気分にはならなかった。
この部屋は俺にとって本当に特別な場所だったのだと痛感した。
けれども、その『特別』はモッチーが居てくれたからだ。
きっと影森マンションの部屋も俺の特別な場所になると確信があった。

不動産屋が最後の確認に訪れるまで少し時間があったので、コンビニで飲み物と軽食を買ってきて皆で食べながら休憩する。
「あそこって、直通エレベーターの暗証番号いちいち入れないとダメなんだろ?
 荷物の運び込み、時間食いそうだな
 高層階に階段上らずに運べるのはありがたいけどさ」
「その辺は大丈夫、ゲンが設定解除してくれるから自由に使えるよ
 ほかの入居者気にしなくていいぶん、気が楽なんじゃない?
 しっぽやの皆も仕事中で、エレベーター使う人居ないし」
「凄い特別待遇だな、助かるぜ」
俺には『引っ越しの状況』がわからないけど、他の皆は慣れているようなので心配はいらなかった。
「皆、今夜は私の部屋に泊まっていってね
 トラック用に駐車場も用意してもらったから気兼ねしなくていいし
 ビール1本くらいなら、翌日に酔いは残らないんじゃない」
「労働の後はそれくらいの楽しみがないとな」
「今日のお礼に、今夜は俺が奢るよ
 向こうに着いたら酒買いに行ってくる、ソシオと行ったからスーパーの場所は覚えてるし
 後は寿司やピザでも取るか」
「当然だ」
楽しいおしゃべりは不動産屋の到着で終了となる。

鍵を受け渡したりシキキンとかレイキンとかの話を終えると、俺達は影森マンションに向けて出発するのだった。
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