しっぽや2(ニャン)

□最後の晩餐
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side<MOTIDA>

「忘れ物は無いな」
俺は1ヶ月近く暮らしていた病室を見回した。
まだ左腕を三角帯で吊っているような状態だが、回復が順調で退院出来ることになったのだ。
ソシオの過去を知れて、ゆっくりと2人の時間を満喫できた今回の入院は命の洗濯にも感じられた。
「モッチーが大変な思いをしてたのに、俺、ここでの時間が楽しかったって思っちゃうんだ」
同じように部屋を見回しているソシオが、感慨深そうに呟いた。
「昼に病室に行って夜に帰る生活、ずっと一緒に居られるわけじゃないけど、モッチーが働いてる時より気持ちがゆったりしてた
 過去を転写して飼ってもらえることになって、心が軽くなったし
 ここならモッチーに何かあっても、お医者さんが居てくれるから安心だもん
 俺だと人間の病気や事故に対応できないからさ」
俺を見つめるソシオの頭を撫でてやると、彼は気持ちよさそうに目を細めた。

「アパートに帰ったら、うんと助けて貰うことになるよ
 引っ越し準備があるのに、俺がこの体たらくだからな」
俺は左腕を少し動かして見せた。
「頑張る!荷造りの仕方とか教えて」
「ああ、短期だったけど引っ越し屋でバイトしてたことあるからお手のもんだ
 前回の引っ越しの時に買い換えたばっかなんで、家電を持って行きたいからちと大荷物になっちまうがな
 小物はあんまり増やさないようにしてたし、仕事の都合で何日までの退去って期限がないから気は楽だ
 ダイチがトラック出してくれるし、ゲンさんがワゴン貸してくれるし、自分たちで何とか出来そうなのがありがたい
 ソシオのラッキーパワーだ」
俺が笑いかけると彼は首を振る。
「皆が手伝ってくれるのは、モッチーの人徳ってやつだよ
 皆、モッチーが好きなんだ
 でも、俺が一番モッチーのこと好きだもん」
ソシオは悪戯っぽく笑って、唇を合わせてきた。
「俺も、どんな人間より猫より、ソシオが好きだよ」
俺の中でナリに対する想いは、友人に対する想いに変わっていた。
今やナリは長年の友人で、数ヶ月とはいえ化生飼いの先輩でもあった。
「そういえば、俺にとってもふかやの方が飼われてる化生の先輩だ
 化生したのは俺の方が先だったのになー
 ひろせや空もそうじゃん、何か不思議」
ソシオは初めてそれに気が付いたようで、驚いた顔をしていた。
俺達は顔を見合わせて笑い、少し深い口付けを交わす。

「さて、そろそろ行くか
 親父が車で迎えに来てくれるからロビーで電話しないと
 待ってる間に精算を済ませて
 先生に最後に挨拶したかったけど、忙しいかな」
「先生にも看護士さん達にも、俺も親切にしてもらったよ
 嫌な顔する人も居たけど、病院だからしかたないよね」
ソシオは少しションボリした顔になる。
「ゲンさんが言ってたみたいに、猫好きの人はソシオに好意的で猫嫌いの人はソシオに嫌悪感を抱くみたいだ
 病院だから、猫がいれば不快に思う人が居るのはしょうがない
 俺もソシオも男同士だから、って話じゃないのが不思議だよな
 ナリに化生のこと、色々教わらないと
 ゲンさん、っと今度から上司だから店長だ、店長にも教わることは多そうだ」
「俺も長瀞におかずの作り方教わらなきゃ、教わるのモッチーとお揃い
 俺達お揃いだね」
ソシオは自分の言ったことに、くすぐったそうに笑っていた。


病室を出るとソシオは俺を気遣って荷物を全部持ち、キャリーバッグを押していく。
「重くないか?」
「平気、キャリーバッグって荷物いっぱい入るのにスイスイ動かせるね
 モッチーのお母さんに貸してもらって良かった」
「お袋は友達同士で温泉旅行とかよく行くから、土産品買い込むのに便利なんだと
 腰ヤってんだから、重いもの持たないで欲しいんだけどな」
思わずため息を吐くと
「お母さんのこと、心配?」
ソシオは俺の顔をのぞき込むようにして聞いてきた。
素直に認めるのも照れくさかったので
「年も年だしよ」
少しぶっきらぼうに答えてしまったが、ソシオはそんな俺を笑いながら見ていた。

その後、親父に電話して精算を済ませロビーで待っていると直ぐに迎えに来てくれた。
アパートに行く前に両親と俺とソシオで寿司屋に入り、退院を祝って緑茶で乾杯する。
何度か土産に買ってきてくれた寿司ではあったが、出来立ては格別に美味しい気がした。
『そういや、家族そろって外食なんて、何年ぶりだろう』
ソシオと出会ってから、俺はゆとりのある時間を過ごせるようになっている事に気が付いていた。


アパートに送ってもらい久しぶりの部屋で、俺はくつろいだ気分になる。
ソシオも同じ思いらしく
「モッチーの部屋で、モッチーと一緒に居るの幸せ」
嬉しそうにそう言って、ピッタリと身を寄せてきた。
部屋はきちんと整えられ、掃除されていた。
俺が居ない間に、ソシオがやっていてくれたようだ。
無事に帰ってこれた安堵感で、どっと眠気が襲ってくる。
今まで無意識のうちに緊張していたらしい。
本当はソシオと触れ合いたかったが、最中に寝てしまったらまた格好悪いところを見せることになってしまう。
俺達は早々にベッドに入って、お互いの鼓動を聞きながら眠りについた。

ソシオと再び同じベッドで寝ることが出来る幸運に、俺は深く感謝するのだった。
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