しっぽや2(ニャン)

□幸運なお守り
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side<SOSIO>

事故にあったモッチーを、俺は何とか助けることが出来た。
でもそれは、モッチー自身とナリのおかげによるところが大きくて、俺は本当にささやかな手伝いしかできなかった。
それでも、病院のベッドの上でモッチーは俺にお礼を言ってくれた。
モッチーは俺に対して優しくしてくれる。
俺が化け物だと知った後でも同じなのだろうか。
本性を見せて嫌われるのが怖くて今まで何も伝えなかったが、今回の事故で俺やモッチーの意思とは関係なく離ればなれになってしまうかもしれない恐怖を感じていた。
俺のことを知ってもらえずに永遠に別れるのは、とても寂しかった。
モッチーには、猫であった俺のことも知って欲しいと思うようになっていた。

思い切って打ち明けようと決心したのは、モッチーの『お母さん』に会ったからだ。
『人間のお母さん』
その存在は俺にとって恐怖の対象でしかなかった。
でも、モッチーのお母さんは俺にとても優しくしてくれた。
俺のことを邪険に扱わないし、『キレイ』とか『可愛い』とか、あのお方と同じ言葉で誉めて、あのお方と同じように優しく頭を撫でてくれた。
『ここに居る「お母さん」はあの「お母さん」じゃない
 モッチーは「あのお方」じゃない、「あのお方」よりずっと強い』
それで俺はやっと、自分が猫だった時代とは違う時代に生きているんだという実感を得ることが出来たのだ。
いまのこの『化生』という体になった状態で、モッチーと一緒に居たいと強く願った。
モッチーなら、俺の願いを叶えてくれる予感がしていた。
ナリも後押ししてくれたし、俺はモッチーに全てを見せようと心に決めた。



斯(か)くして、俺は自分の過去をモッチーに転写することになる。
何度も揺らぎそうになる心を叱咤し、彼と一緒に猫だった時の自分の過去に旅をする。
今の俺にはあの時のことが以前よりわかる気がした。
あのお方もその家族も、猫のことをあまりよく知らなかったのだ。
もし今の俺が猫で、ナリやモッチーの家で飼われていたら、あんな騒動にはならなかったんじゃないかと思う。
きっと2人なら全てを承知の上で三毛猫の雄を飼い、『家族』であるからこその特別扱いしかしないのではないか。
『家族』の健康のため食事を吟味し、お金で『家族』を売ることはない。
猫の時の俺はあのお方の『家族』ではなく、あくまでも『ペット』だったと感じるようになっていた。

過去を見終わった後のモッチーに、俺の心は届いていた。
正体を知る前と変わらずに『愛してる』と言ってくれたのだ。
俺に対する恐怖は『お母さんやナリに俺を取られるんじゃないか』という事だけだった。
お母さんやナリのことは好きだけど、モッチーに対する好きとは違う。
そう伝えると、彼はどこかホッとした顔になっていた。

「個室にしてもらってて良かったな
 落ち着いてソシオの過去を見せてもらえたし、2人っきりでゆっくり出来る
 せっかく家に来てもらってたのに、仕事があると気忙しかったから気になってたんだ」
他の人間が居たら、モッチーの胸に頭をのせて髪を撫でて貰うことを我慢しなければならなかったと聞いて、俺も心底そう思った。
「入院費、ソシオが出してくれたようなもんだ
 本当にありがとう」
彼は何度も俺に礼を言うので
「化け物を飼ってくれる方がありがたいんだよ
 側にいさせてくれてありがとう」
俺も彼に礼を伝える。
「側にいてくれて、俺のところに来てくれて、選んでくれてありがとう
 愛してる」
「俺も愛してる」
2人だけの静かな病室の中で、いつまでも愛の言葉を囁く時間は何ものにも代え難い時間であった。




コンコン

ノックの後に病室のドアが開き
「ソシオちゃん、元気?」
「ソシオちゃん、お寿司買ってきたから一緒に食べような
 中トロが入ったマグロばっかりのやつだよ」
モッチーのお父さんとお母さんがやってきた。
2人は毎日お見舞いに来てくれて、俺にも優しくしてくれる。
「モッチーは両親に愛されてるんだね」
「ソシオ、それは違う
 この人達は息子をダシに、おまえに会いたいだけなんだ
 その証拠に、俺用の寿司は無い」
モッチーは両親を前にため息を付いている。
「食事代払ってるんだから、ヤスオは病院の食事を残さず食べなさいよ」
お母さんが笑うと
「いや、さすがに可哀想かと思って、今日はお前にも買ってきたぞ
 ほら、小学生の時好きだったカンピョウ巻きだ
 これなら片手でも食べやすいだろ?」
お父さんが得意げに包みをモッチーに渡す。
「そんな、中トロの存在を知らなかったときの話を持ち出されても…
 まあ良いか…ゴチです」

病室で、俺達は皆でご飯を食べる。
ここではモッチーが俺にお寿司を分けてくれても怒る人は誰もいない。
『家族』でする食事とはこんなにも楽しくて美味しい物なのかと、俺は嬉しい驚きに満たされていくのであった。
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