しっぽや2(ニャン)
□幸運のお守り〈10〉
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side<MOTIDA>
山道で事故った俺は、ソシオとナリのおかげで助かった。
無事に病院に運び込まれ治療を受けている。
『しっぽや』の計(はか)らいで個室を使わせてもらっていたので、ソシオとゆっくりとした時間を過ごせそうであった。
ソシオの過去が知りたい、トラウマになっているようなことがあるのなら俺が癒してやりたい。
何故、俺の『母親』と言う存在にあんなにも恐怖を見せていたのか気になってしかたがなかった。
ナリに指摘されるまでもなく、ソシオに対する想いは今まで付き合ってきた者達に感じるものと違っていることに、俺はハッキリと気が付いていたのだ。
ソシオは、自分の過去を教えてくれると言ってくれた。
トラウマを掘り起こす作業は、ソシオにとっても辛いことであろう。
それでも全てをさらけ出そうと決心してくれた、その俺に対する信頼と愛が嬉しかった。
面会に来るソシオを待つ俺は、はやるあまり何度も時計を見てしまう。
面会開始時間まであと2時間以上あった。
予行演習のような気持ちで、点滴の管が繋がれている右腕を少し動かしてみる。
『よし、この状態で体を動かすことにも慣れてきたぞ
良いシーンで抱きしめられないとか、ほんと、情けねーからな』
ソシオのことが気になって上手く眠れなかったせいか、俺は彼が病室に来てくれるのを待ちながら少しうたた寝をしてしまっていた。
気が付くとベッド脇のパイプ椅子にソシオが腰掛けていて、俺のことを愛おしそうな瞳で見つめてくれていた。
「悪い、ちょっとうたた寝してたみたいだ
来てたなら、起こしてくれれば良かったのに」
どうして俺と言う奴は大事なシーンで決められないのかと、ウンザリしてしまう。
「モッチーの格好良い寝顔見てた
本当は、ずっと、ずっと、見ていたかった
モッチーが俺のこと知って気味悪がる前の、最後の顔だから」
ソシオは悲しそうに微笑むと、そっと唇を重ねてきた。
「そんな訳ないだろ」
俺はソシオがいじらしくてたまらなくなる。
「受け入れてくれる人たちが居ることを知ってるよ
そんな人間と巡り会えている仲間が沢山いる
でも、そんな奇跡、俺の上にも起こるのかな
縁起が良い、なんて言われてても、俺にとって雄の三毛猫であって良いことなんて何もなかった
あんな騒動を引き起こすくらいなら、見つけてもらえずに子猫の時に死んでれば良かったんだ
俺は、『お母さん』が言うように『疫病神』なのかも
モッチーが事故にあったのだって俺のせいかも知れない」
何を言っているのか分からない部分もあるが、言葉を口にして涙を見せるソシオが悲しんでいる事は痛いほど理解できた。
「事故は俺のせいだって、車が通らないと思ってスピード出し過ぎてたんだ
法定速度守ってたら、あんなに派手に転倒しなかったよ
ソシオが発見してくれたから、あの程度で済んだんだぜ」
慌てて言い募る俺に
「俺のこと見せてモッチーに嫌われたらどうしようって、ずっとそればっかりが不安だった
でもあの事故の時、このままモッチーが居なくなるかも、って思ったらたまらなかった
俺のこと嫌いでも、生きてて欲しかった
もう二度と、俺より先に大事な人に死んで欲しくなかった
これは残される絶望を味わいたくない、俺のわがまま
付き合わせてごめんね、モッチー」
ソシオは泣きながら精一杯の笑顔を向けてきた。
「ソシオの過去がどんなものであれ、それで俺が嫌いになる訳ないだろ
その体験をしたからこそ、今のソシオがいるんだから
俺は今、ここにいてくれるソシオが好きだ
だからきっと、過去のソシオだって好きだ」
俺の言葉で、ソシオの笑顔は少し深くなったようだった。
ソシオは大事な者と死別しているらしい。
俺はそいつの代わりなのかもしれない。
けれど、それが何だというのだ。
俺だってソシオが始めて好きになった相手ではない。
それでも『今』の俺達は惹かれあっていると確信している。
ソシオのことが大事にしてきたナリに対する想いすら凌駕(りょうが)していることに気が付いて、俺は自分でも驚いていた。
『そうか、今までナリのことがストッパーになって本気になれる相手を選んでなかったんだ』
ソシオの告白を聞いた後は俺のこともちゃんと伝えないとフェアじゃないな、と思った。
ソシオが嫉妬して『もうナリと会わないで』と言ったら従おうと、素直に考えている自分が可笑しかった。
『何だか、年貢の納め時って気分だな』
俺にとってソシオは、本当に大事な唯一の存在なのだった。
「モッチーを選んだ俺の『勘』みたいなものは、間違ってなかった
モッチーが俺の太陽だ、二度と昇ることはないと思っていた太陽だ
モッチー、愛してる」
俺が何か答える前に、ソシオの唇で口を塞がれる。
「これが俺
何も出来ないくせに、罪深い猫だったバカな俺…」
震える声で伝えると、ソシオは俺の額に自分の額をそっと触れさせた。
その熱を感じる前に、目の前が暗くなる。
そして、世界が一変した。