しっぽや2(ニャン)

□幸運のお守り〈9〉
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side<MOTIDA>

暗闇の中、どこかで猫が泣いていた。
とても寂しそうで悲しそうで、聞いていると切なくなってくる。
あれは、いつのことだったか…?
母猫とハグレた子猫を、廃屋の縁の下から助け出したことがあったのだ。
その小さくて頼りない身体を手放せず、家に連れ帰った。
あの猫、どこに行ってしまったんだっけ…
俺はここにいるから、もう泣かなくて良いんだよ。
猫を探して抱きしめてあげたいが、身体は全く動いてくれなかった。


また、意識が闇に沈みそうになる。
それを阻(はば)むように、猫の泣き声が聞こえた。
『チィ……、チィ……、チィ……』
何だか、猫というより鳥の鳴き声みたいだった。
魂を振り絞るような悲痛な鳴き声。
その声を、俺は知っているような気がした。
声に向かって手をさし伸ばさなければいけないのに、どうして身体が動かないのだろう。
思いっきり体を動かそうとして、俺はあまりの激痛に
「グガハッ!!」
悲鳴と共に空気の固まりを肺から絞り出していた。


戻った意識が、また遠のきそうになるほどの激痛。
身体のどこが痛んでいるのかすら判然としないが、とにかく体中が痛かった。
「グゥ…ッック、ハッ…」
口からは意味をなさないうなり声しか発することが出来なかった。
『何で、こんなことになってんだ』
痛みで思考が働かない俺の耳に
「モッチー!!!」
絶叫が聞こえた。
「モッチー!モッチー!ごめんなさい、ごめんなさい
 行かないで、俺の側から居なくならないで
 モッチー」
誰かが泣きながら、懸命に謝っている。
その声を知っていた。

「ソ……、シ…オ…?」
そうだ、愛しいその名をどうして忘れていたんだろう。
口に出して名前を呟くと、彼との思い出がどっと押し寄せてきた。
「モッチー?モッチー!ごめんなさい、俺、どうしたらいいか分からなくて
 こんなとき、下手に揺すらない方が良いって皆が話してたよね
 でも、他に出来ること思いつかないんだ
 どうしたら良い?俺、何か出来ることある?」
暗くて顔が見えないが、彼が泣いているのは分かる。
この段になって俺の思考は状況に追いついてきた。
『事故ったのか、ソシオの前で格好悪いなー』
苦笑しようとしたが、顔の筋肉を上手く動かすことが出来なかった。

『ダイチが事故った時の話、ナリのとこでしたっけ
 そういやソシオもあの話してた時、一緒に居たんだ
 あの事故の時は昼間だったし、皆が揃ってて直ぐに対処できたが…』
しかし今の状況は夜の山道、側にいるのは事故には不慣れであろうソシオだけだった。
「で…電…話…、救……急…車、…と、警…察…、呼ん…で…」
思考するスピードと身体を動かすスピードがバラバラなうえ、しゃべろうとすると身体が酷く痛んだ。
「ツゥッ…」
伝えなければいけないことが色々あるのに、苦悶の悲鳴が邪魔をする。
聞き取り辛いであろう俺の言葉をソシオは理解してくれたが
「救急車も警察も、呼んだことないからどうやって説明すればいいか分からない
 どうしよう、何て言えば良い?」
泣きながらそう訴えていた。
『確かに、今居る場所の住所とか俺もわかんねーし、目印もないな
 事故慣れしてる奴なら…』
やっと俺は、頼れそうな者に思い至った。

「ナ…リ…、電…話……、説…、明…」
それだけで、ソシオは直ぐに俺の意図に気が付いて自分のスマホを耳に当てる。
スマホのライトに照らされたソシオのキレイな顔は、涙でグチャグチャだった。
「ナリ、ナリ、助けて、モッチーが事故にあったの
 俺、何にも出来なくて、どうすれば良い?
 …うん…うん、…これ押せば良いの?」
そんな言葉の後に、ナリの声が聞こえてきた。
通話をスピーカーにしたようだ。
『モッチー、事故ったんだって?単独?だよね、ソシオが連絡してきたんだもの
 で、自分で連絡できないくらいには酷い怪我なんだね
 意識は?ハッキリしてる?事故直前のこととか覚えてる?』
その問いに、俺は軽く顎を引いた。
「ナリ、モッチーが頷いてる」
『怪我は?どこが痛いか分からないくらいあちこち痛い?』
「モッチーの左腕が変な方に曲がってるの、どうしよう」
泣いているソシオの言葉に俺は驚いた。
どこが特に痛いと感じることが出来ないくらい、全身が痛かったからだ。
『当分仕事出来ねーじゃん、この事故、通勤中ってことで労災になるのかな
 治療費とバイクの修理代が…』
現実的な問題を突きつけられ、また意識が遠のきかけてしまった。

『モッチー、こっちから救急車呼んで警察にも連絡してみるよ
 今、同僚が遊びに来てるからスマホ何台もあるんだ
 地図見ながら場所を説明できるし、ソシオ、だいたいの場所はわかるんでしょ?』
「うん」
『電池が保つか分からないけど、救急隊員の対応とかするから電話はこのままつないでおいてね
 ダイちゃん事故ったときは驚いたけど、モッチーでも事故るんだね
 河童の川流れってやつ?
 私も気を付けなきゃ』
俺の意識を途切れさせない為とソシオを安心させる為だろう、ナリはずっとしゃべり続けていてくれた。


遠くから聞こえるサイレンの音に今までの緊張が切れ、俺の意識は再び闇に飲まれていった。
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