しっぽや2(ニャン)

□幸運のお守り〈5〉
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side<MOTIDA>

親友でもあり俺の片思いの相手でもあるナリの家で、俺は『ソシオ』と言う美青年と知り合い、その日のうちに付き合うことになった。
ソシオは何故か俺に対して積極的に『好き』だと言ってくれるのだ。
俺としては軽いノリで付き合うことにしたのだが、彼と話しているとその一途さが可愛く感じられてきた。
好意という名の独占欲を剥き出しにされると、とたんに相手に対して冷めてしまう俺にしては珍しいことだ。
ソシオに懐かれている状況を、猫に懐かれている状況のように感じていた。
ソシオの言動が猫に対する俺の好みを探るものが多いせいだろうか。
彼の髪を撫でていると猫を撫でているような心の安らぎを感じることが出来た。

その夜は、ソシオとナリの飼い猫2匹と同じベッドで一緒に眠った。
オママゴトのような純愛的シチュエーションに自分でも笑ってしまうが、ソシオに対してはいつもの肉欲的な感情を抱きにくかったのだ。
ソシオも気にしていないようなので、俺は久しぶりに『猫と寝る』という得難い快楽を味わうことが出来たのだった。


翌朝は正月の時と同じように雑炊が朝食で、ソシオは俺のお椀によそってくれた後、皆のお椀にもよそって回っていた。
居候とは言え、ナリが客にあれこれ手伝わせるのは少し不思議な気がした。
しかしソシオは気にした風もなく楽しそうに給仕しているので『あんなに美形なのに、案外世話焼きタイプなんだな』と納得する。
そう言えば長瀞さんもゲンの世話を嬉しそうに焼いていたっけ、と正月のことを思い出した。
ふかやもそうだし、ペット探偵しっぽやの所員は家庭的な人が多いようだった。


朝食の後、俺はブラシやムースを持って洗面所に向かった。
「また、長々コモって身繕い?」
廊下ですれ違ったナリが、笑いながら話しかけてくる。
「いつも、そんなに長くコモってないって」
俺は苦笑してしまう。
「だって、旅行先でモッチーと同室になると顔が洗えないって、ダイちゃんブツブツ言ってたよ」
「他の奴らが時間かけなさすぎなんだ
 ナリだってその頭、寝癖がついたら直すの大変だろ?
 それと一緒」
俺はナリの艶やかで真っ直ぐな黒髪を見つめて答える。
「私の髪って、寝癖つきにくいんだよね
 じゃないと、この髪型してられないよ
 いつもササッと梳(と)かして、それでお仕舞い」
「マジか」
あっけらかんと言うナリに、俺は驚きを隠せなかった。

「いつも念入りにセットして、誰に見せるためなんだか
 メット被ると崩れちゃうのに」
ナリはクスクス笑っている。
『それは、お前に格好いいと思って欲しいから頑張ってんだろうが』
思わず口をついてしまいそうになった心の想いを飲み込んだ。
「今日はさ、ソシオのためにセットしてあげて」
ナリはそう言って微笑んだ。
「聞いたよ、ソシオと付き合うことにしたんだって?
 彼、すごく喜んでた
 モッチーのこと『優しくて格好いい』ってベタ誉めしてるよ」
ナリにバレていることに、俺は少し居心地の悪いものを感じていた。
「ソシオって、不思議な奴だよな
 あんだけキレイなんだから、今までモテまくってたろうに
 何で俺なんだか
 からかわれてんのかな」
冗談めかして言ってみたら、ナリは真剣な顔になった。

「本気だよ、ソシオは本気でモッチーのこと好きなんだ
 気が合わなくなったり、不快に感じたりするようになるのはしょうがない
 でも、最初から遊び感覚で付き合って欲しくないよ
 モッチーにはそういう付き合いって、重い?」
ナリの剣幕に、俺は驚いてしまう。
今まで俺の恋愛遍歴に言葉をはさんできたことは無かったからだ。
「ごめん」
ナリは苦笑してため息を付いた。
「私が言う事じゃないけどさ、ソシオ、今まで苦労してきたみたいでね
 自分の外見は好きじゃないんだって
 美人だからって、周りからチヤホヤされて労せず生きてきた訳じゃないんだよ
 しっぽやにいる人は皆そう、悲しい思いを乗り越えてやっと辿り付けた場所
 しっぽやって、切ない場所でもあるんだ…」
目を伏せるナリを、俺は呆然と見つめるしかなかった。

「ふかや、も…?」
俺は思わず聞いてしまった。
「うん、彼に寂しい思い辛い思いをさせないよう、私はふかやと一生を供にしようと決めた
 ふかやを、とても愛してるから」
その強烈な告白にズキリと胸が痛んだのは、やはりまだナリのことを諦め切れていなかったせいだろう。
「今からこんなこと言われると、負担になっちゃうよね
 家にいる間だけでも、ソシオに優しくしてくれると嬉しいな
 その後は、当人同士の問題って事で
 さて、出かける準備しようかな、タワーの組立よろしくね」
少し微笑むと、ナリはリビングに戻っていった。

1人残された俺は、複雑な思いを抱えたまま洗面所で髪をセットする。
ナリに言われたから、と言う訳ではなかったが、髪型を誉めてくれたソシオのために念入りにセットしてみるのであった。
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