しっぽや2(ニャン)

□幸運のお守り〈3〉
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side<MOTIDA>

どうやら俺は、完全に失恋したらしい。
自分のことなのに『らしい』と言うのも変だが、心持ちとしてはそんな感じなのだ。

俺は高校時代からの友人であったナリのことが好きだった。
最初は普通に友達として良い奴だと思っていたけど、どこか飄々(ひょうひょう)としていて神秘的ですらあったナリに俺は次第に惹かれていった。
『その他大勢の友達』ではなく、ナリにとって特別な存在になりたいと思うようになったのは出会ってから2年近く経った高2頃のことだったろうか。
今思えばガキ丸出しだが、ナリと話がしたくて俺はたわいないボケを繰り返していた。
名字を忘れた振りをしてよく絡んだものだ。
同じ大学に入り卒業した後も、ツーリングを名目に一緒にツルんでいた。
2人っきりではなかったが、ナリと一緒にあちこち旅行にいけるのは楽しいことだった。

そんな俺の秘めた思いが打ち砕かれたのは、今年の正月のこと。
バイク仲間と晦日(みそか)からナリの家に集まって、俺達は気ままに過ごしていた。
『今年こそ、もうちっとナリと親密になれないかな』
毎年そう思っていたが、下手に告白して今までの関係が壊れることを俺は恐れていた。

そんな中、ささやかな事件が起こる。
彼の飼い猫が逃げてしまったのだ。
俺は頼りになるところを見せたくてペット探偵『しっぽや』に自ら連絡してしまう。
やってきた捜索員の『ふかや』とナリは、あっという間に親密な関係になっていった。
ナリはふかやをバイクの後ろに乗せる提案をしたのだ。
ナリが誰かをタンデムに誘うなんて初めてのことで、それを聞いた瞬間、俺はふかやに敵(かな)わないことを悟ってしまった。
嫉妬を感じないわけではなかったが、その感情をふかやに向けようとするとナリの飼っている猫に嫉妬しているような大人気なさも同時に感じてしまうのだ。
何だかふかやは愛想の良い大型犬みたいで、憎めない奴だった。


2人は知り合って直ぐに、同棲することになった。
ふかやが働いているペット探偵の社員寮に、ナリも住まわせてもらえることになったらしい。
どんな場所かと皆で見に行くと、気後れするほど立派な高層マンションだった。
社員寮なんて2DKのアパート辺りが関の山なんじゃないか、という思惑は見事に外れてしまう。
実家を離れ1ルームのアパートを借りている自分との落差に、少し落ち込んでしまった。
しかし部屋を訪れると、ふかやは満面の笑みで俺達を迎え入れてくれてくれた。
それは久しぶりに友達の家に遊びに行ったら、飼っている犬が自分を覚えていてくれて尻尾を振ってくれる、そんな嬉しい情景を思わせた。
恋敵(ライバル)ではあったが、負の感情を抱かせにくいキャラクターであった。


「あのね、焼きそば作ったんだ
 ソース味は豚肉とキャベツとピーマン、塩味はシーフードミックスと人参ともやしにしてみたよ
 期間限定で、たらこバター味なんてあったから、それはきのこミックスにしてみたんだ
 最後にシラス干しのせたから、それなりにボリューム出たと思うよ
 ナリがチータラやさきイカ、チーチクとか用意してる
 あのマグロのキューブのやつって、包みが金と銀で味が違うのかな?」
ふかやは誉められるのを期待する犬のような顔で皆に話しかけてきた。
豪華高層マンションなのに酒のつまみは焼きそばと昭和の乾き物、気後れしていたのがバカらしくなってくる。
そういえばふかや自身も初めて見たときは宗教画の人物のように麗しく思えたが、今では犬みたいだとしか思えない。
「良いね、ふかやの焼きそばか、前のも美味かったもんな」
俺がそう言うと
「肉屋で唐揚げとかメンチも買っといたんだ
 飲んだ後はお茶漬けが良いと思って、水谷園のお茶漬けの元も用意しといた」
ふかやは瞳を輝かせる。
「楽しみだ」
ふわふわ巻き毛の頭を撫でたら、彼は気持ちよさそうに目を細めていた。


つまみがのったテーブルがあるリビングには、髪を3色に染め分けている美青年がいた。
しっぽやの臨時捜索員がここの部屋を間借りしているらしい。
『しかし、麗しいっつーかありがたい感じ?
 何でだ?誰か芸能人にでも似てるんだっけ?』
そう感じているのは俺だけではないようで、他の奴らも彼を見て混乱しているようだった。

彼は真っ直ぐな瞳で俺を見つめてきた。
『久しぶりにナリに会うんで、ちょっと今日の格好気張り過ぎたか?
 必死っぽさがにじみ出てるとか』
俺は余りに凝視されるので、少し恥ずかしくなってくる。
「モッチー、こちらは影森ソシオ
 ソシオ、こっちは持田…?モッチーの名前って何だっけ?」
ネタなのか本気で忘れているのか(だとしたらショックだ)ナリは苦笑していた。
「持田 保夫(もちだ やすお)です」
俺が答えると
「モッチー、もちだやすお…」
ソシオは胸に両手をあてて呟いている。
それは俺の名前を大事に抱きしめてるみたいに見えて、何だか照れ臭くなってしまう光景なのだった。
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