しっぽや2(ニャン)

□幸運のお守り〈2〉
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side<SOSIO>

あのお方は、俺のことを愛してくださっていた。
俺が貴重な三毛猫の雄だからではない、俺が俺だから愛してくださったのだ。
ありふれた柄の猫だったとしても、あのお方にとって俺は唯一の『愛する飼い猫』であった。
俺が三毛猫でさえなければ、あのお方を悲しませることはなかったのに。
俺達は単なる飼い主と飼い猫として、幸せに暮らしていけたはずなのに。
俺はあのお方以外の人間が嫌いだった。
何より『三毛猫の雄』という自分が、大嫌いだった。


もう人間とは関わりたくないと思って死んだはずなのに、気が付くと俺は化生していた。
人の言葉であのお方に謝りたかったのかもしれないし、愛していると伝えたかったのかもしれない。
どちらにしろ、俺が三毛猫の雄以外のモノになるのは遅すぎた。
もう何もかも取り戻せない。
『再び飼って欲しい方と巡り会い、今度こそ飼い主とともに幸せになりなさい
 化生したと言うことは、心の奥底では人間と関係を結ぶことを望んでいるのだから』
化生した後、三峰様にはそう諭されたが、俺はやっぱり人と関わり合いたくなくてずっとお屋敷の中で犬に囲まれて暮らしていた。
生前、犬とも暮らしたことがあったので、お屋敷での暮らしは性に合っていたというのもある。
俺の後から化生した者が『しっぽや』なる場所に移動して飼い主を得ている事は知っていたが、それを羨ましいとは思えなかった。


『しかし、ここにいる武衆の犬はモンブランに比べるとバカだよなー
 体力は有り余ってるみたいだけどさ
 まあ、大麻生は警察犬だっただけあって、モンブランより勇敢で賢いか』
モンブランとは生前一緒に暮らしていたラブラドールレトリーバーの名前であった。
立場は違ったが、あのお方と共に歩むパートナーであり、捨て猫だった子猫の俺を見つけてくれた命の恩犬でもある。

「ソシオ、知ってる?鯛の骨って硬くて危ないんだぜ
 絶対食っちゃダメ、ってあのお方が言ってたんだ
 こいつ、その骨食ってたんだって、野蛮犬」
「お前『圧力鍋』っての知らねーの?
 あれで煮込むと柔らかくなるんだって
 頭の目玉のとことかトロッとしてて、最高だぜ」
「魚より、牛の骨髄を煮込んだ方が美味いし、骨だって食えるようになるんだ
 骨の水煮、いつまでも楽しめて良いぜ」
「何でこんなに野蛮な奴らと同じ犬種なんだよ
 全然、トレンディーじゃないじゃんか
 ハスキーってのは、流行の最先端の犬種のはずなのに」
「何言ってんだ、俺達は使役犬!飼い主のお役にたってナンボだろ
 俺なんか超役に立ちまくりだったもんな」
「いやいや、俺の方が役に立ってたって
 橇(そり)犬のリーダーってのは、誰にでも勤まるもんじゃないんだぜ」
ハスキーが3匹になった武衆は、喧(やかま)しいことこの上なかった。
「お前たち、今日の走り込みは済んだのか」
襖(ふすま)を開けてさらに喧しい狼犬が入ってくると、弾かれたように3匹が部屋から駆け出していった。
「ソシオも走るか?」
『一緒に走ろう』と言わんばかりの狼犬に
「俺、三峰様の御髪(おぐし)を整えないといけないから、遠慮しとく」
大ボスの名前を出して俺は部屋を退散した。


猫だったときは落ち着きたいときには身繕いをしていたが、人間の体だとどうも上手くいかない。
そのため、俺は三峰様の髪を梳(す)いてその代わりにしていた。
「ソシオ、外に出る気になった?」
「んー、まだかな」
三峰様との会話はいつもこんな感じだ。
「白久に、飼い主が出来たのよ
 ちょっと強引に押しつけてしまった感もあるけど、やっと白久の孤独を埋めようとしてくれる人間が現れた
 しっぽやに、新しい風が吹き始めそうだわ
 嵐をもたらす激しい風にもなるけれど、嵐が去れば晴れやかな太陽が顔を見せるでしょう
 いつか貴方を照らす太陽も、その時を待っているはずよ」
三峰様は時に予言めいた不思議な言葉を口にする。
「俺の太陽は、地平線の彼方に沈んでしまったんだ」
三峰様の髪を櫛(くしけず)りながら、俺はぽつりと呟いた。
あのお方以外の人間に心惹かれるとはどうしても思えないのであった。


やがて、武衆ハスキー3バカトリオの空に飼い主が現れて、彼は屋敷を去っていった。
波久礼は猫に対する当たりが柔らかくなり、とても付き合いやすくなって助かった。
ラブラドールレトリーバーに思い入れがあり屋敷で暫く共に過ごしたひろせは、しっぽやに移動して直ぐに飼って貰いたい人間と巡り会い無事に飼ってもらえることになる。
武衆としっぽやを行き来していた大麻生にも飼い主が現れて、武衆から抜けていった。
1番の新入で賢く付き合いやすかった大型犬のふかやも、既に飼い主を得ている。

三峰様の言う通り、白久に飼い主が現れてから飼い主と巡り会える化生が増えている気はしていた。
しかしその恩恵は、自分には縁のないものとしか感じていなかった。
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