しっぽや2(ニャン)

□自分に出来ること
1ページ/4ページ

side<GEN>

「今年はクリスマスの集まりがないので、寂しいでしょう
 ハロウィンもやりませんでしたしね」
晩酌の時間、ナガトが苦笑しながら俺のグラスにビールを注いでくれる。
「受験生だけハブにして集まるのも何だしな
 今のあいつらには、自分の化生との時間を大事に使って欲しいんだ
 俺がナガトを飼い始めたのは大学生の時だったから気楽な身分だったって、受験生達見てるとつくづく思ってさ」
俺もナガトのグラスにビールを注ぎ返す。
俺達は軽くグラスを合わせ小さく乾杯し
「今日もお疲れさま」
そう言って中身を飲み干した。

暖房が効いた暖かな部屋の中で冷たい液体が体を通り抜けていくのを感じるのは、格別だ。
ナガトが作ってくれた美味いつまみに箸をのばし、2人でゆっくり過ごすこの時間が俺の1日の疲れを癒してくれる。
とても大切な時間であった。

「集まりが無くても、そのうち中川ちゃんとは家飲みしようって話してるんだ
 しかし、受け持ちが3年生だと何かと忙しいらしくて中々な
 月さんや桜ちゃんも誘って、大人だけの飲み会ってのも、たまにゃいいか
 となると、カズハちゃんとウラも大人組だっけ
 俺達、けっこーな大所帯になってきたもんだ」
再びナガトが注いでくれたビールに口を付け、俺は感慨深いものを感じていた。
「私がゲンに飼っていただくようになってから、随分と飼い主が増えたものです」
ナガトは少し遠い目をして過去を思い出しているようであった。

「俺がもうちょっと早くナガトを飼えていたら、秩父先生と親鼻に会うことが出来たんだけどな
 この世界に入ってから、それだけが残念でならないよ
 秩父先生には、お会いしてみたかった」
化生のために尽力(じんりょく)してくれた医師のことを、俺は尊敬していた。
彼がいなければ、しっぽやという場所が存在したのだろうか、といつも考えてしまう。
時代背景を考えると、『医師』という社会的後ろ盾のある彼が飼い主に加わったことで、この夢のような場所が現実出来たであろう事は想像に難くない。
『しっぽや』という化生の母体になる場所がなければ、俺がナガトと出会えることは無かったかもしれないのだ。
彼の成した事に比べると、自分の存在がチッポケなものに思えて仕方がなかった。

「そうですね、私も秩父先生にゲンの主治医になって欲しかったです
 先生になら、安心してゲンの体を任せられました」
ナガトも残念そうにため息を付いた。
「でも今は、カズ先生の紹介で秩父総合病院で診てもらってるんだから、ラッキーなんだぜ
 あそこは地域の中核病院で、健康体の俺が気軽に診てもらえる場所じゃないのにさ」
俺はガッツポーズをとって健康をアピールしてみる。
「俺はもう大丈夫だよ、再発の兆候もない
 ナガトが俺の健康に気を使ってくれているおかげだ」
俺は向かいに座るナガトに、優しく微笑みかけた。
ナガトも微笑み返してくれる。
少し傾げた首筋に彼の長いシルバーの髪が流れ、美しい輝きを放っていた。

「今日のつまみも最高に美味いよ
 いつもありがとう」
少しでも消化が良いようにと、食卓に上るほとんどの野菜には火が通っていている。
面相臭いだろうに、ナガトは俺のためにその一手間を惜しまなかった。
『ゲンの健康を考えると、自分で作った方が早いですから』
そう言って楽しそうに料理をするナガトが、愛おしくてたまらない。
ナガトと居ると俺はいつも幸せな気分に包まれるのだ。

「でも、お菓子はひろせの方が上手いです
 中華系の炒め物も、大麻生の火加減に勉強させられます
 どうにも私には中華鍋が上手く扱えなくて
 テフロン加工のフライパンとは、火の通り方が違いますね」
ナガトは考え込む顔を見せた。
「お菓子は主食じゃないから、作れなくていいよ
 中華鍋はなー、ナガトには重いだろ」
彼はとても勉強熱心で慢心することなく、料理に対する知識欲が高い。
それは俺の為なのだと思うと、とても嬉しい気分にさせられた。

「家飲みの時は出来合いの物とかデリバリーで済ませて、手を抜いてくれよ
 ナガトとゆっくり食事を楽しみたいからさ」
「そうなのですが、羽生に負けていられませんからね
 最近彼も随分色々なものを作れるようになってきました
 ここは先輩として、きっちりお手本を示さないと」
ナガトは力強く頷いている。
「そりゃ、子猫にゃ負けられん」
俺は思わず苦笑してしまった。

「今日の〆はお茶漬けにしますね
 お刺身用の真鯛の柵が特売だったので、漬けを作ってあるのです」
「鯛の漬け茶漬けなんて豪勢だ
 中川ちゃんが来るときにも出して、羽生に作り方を教えてやると良い
 前に教えてたのは、塩鮭の茶漬けだもんな」
「ええ、漬けの時は出汁をかけるのがポイントです
 漬け茶漬け用の出汁の取り方から教えなければ」
ナガトは張り切っていた。

「んじゃ、茶漬けを食べて最後の〆にナガトをいただくかな」
俺はニヤッと笑ってしまう。
「どれだけお代わりしても良いですよ」
ナガトも艶っぽく笑い潤む瞳を向けてくる。

俺達は今日も幸せに満ちあふれた1日の終わりをむかえるのであった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ