しっぽや2(ニャン)

□夏の花
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side<HIROSE>

「あーあ、来週から学校か」
しっぽやからの帰り道、夜の町の散歩の最中、一緒に歩いているタケシがため息と共に不満そうな声を出した。
タケシは今日も僕の部屋に泊まりに来てくれる。
いつもより沢山泊まりに来てくれたし、2人で色んなところに出かけることが出来たし、タケシと過ごす初めての夏休みはとても楽しいものであった。
夜の散歩だけでなく泊まりに来てくれたときは、早起きして牛丼屋に朝ご飯のセットを食べに行くこともあった。
まだ暑くなる前の早朝、余所のお庭で咲いている朝顔なんかを見ながら一緒に歩いていると、しみじみとした幸せが胸の中にわき上がってくる。
来週でそれが終わってしまうと思うと、僕も寂しい気持ちになってしまった。

「夏休みが終わっても、また、泊まりに来てくれますか?」
僕がオズオズと問いかけると
「もちろんだよ!夏休み中みたいに頻繁には来れないけど、必ず行くから」
タケシは笑顔でキッパリと答えてくれた。
背の高いタケシがにっこり笑うと、ヒマワリの花のような華やかな存在感を感じられる。
誕生日も初夏だし、タケシは爽やかな夏のような雰囲気を持っていた。

彼の返事に僕の心は浮かれてしまう。
『また、タケシが泊まりに来てくれる』
そう思うだけで、夏休みが終わってしまう寂しさが和らいでいく。
僕は彼の腕に抱きついて、すれ違う散歩中の犬に飼い主自慢をしながら町を歩いていった。


僕たちの夜の散歩は『何となく』の方角だけ決めてブラブラと歩くことが多かった。
これも時間のある『夏休み』ならでわのことだ。
知らなかったお店を発見出来たりして、それはちょっとした冒険をしているようでワクワクするものであった。
捜索の際に猫を探す場所の選択肢が増えることもあり
『趣味と実益を兼ねるってこんなことを言うのかな』
などとも思っていた。

今日は住宅街の中に小さな公園を発見する。
『植木があるから、怯えた迷子の猫が潜んでることもあるかも』
僕はそう考えて、しっぽやからここまでの道を反芻した。
「この辺、新興住宅街っぽいね
 同じような作りの家が並んでる
 こーゆーとこって、必ず公園作らなきゃいけないんじゃなかったかな
 前にゲンちゃんに聞いたことがあるかも
 だから、小さい公園があちこちに出来るんだって」
タケシが周りを見渡しながら言っていた。

「黒谷によると前はこの辺、工場の倉庫が建ち並んでいたんですって
 今夜タケシとこの辺を散歩しようと思ってるって言ったら、今はどんな風になってるか教えて欲しいって言ってました
 影森マンションの敷地も、以前は工場倉庫だったとか」
「何気にこの辺って、人口増えて発展してるんだね
 新しい家って一軒家だから、ペット飼ってるとこもあるんじゃない?
 しつけ教室のチラシとかポスティングしたら怒られちゃうかな
 そーゆー仕事なら、俺にも手伝えるからさ」
タケシは頼もしく笑ってくれる。
「黒谷に相談してみましょう」
僕の言葉に、彼はまた笑って頷いてくれた。

暫く佇んでいた僕たちが移動しようとしたときに、小さい子供を連れた何組かの家族が公園にやってきた。
「こんな時間に何だろう」
タケシは不思議そうな顔でその人達を見つめている。
彼らはバケツやビニール袋を持っていて、公園の水道でバケツに水を入れ始めた。
「あ、もしかして」
タケシは何かに気が付いた様子であったが、僕には何だかわからなかった。
やがて子供達に細長い棒のようなものが配られる。
大人達がそれに火を付けて回ると、棒の先から火花が飛び出した。
生前暮らしていたペンションを焼いた炎を思いだし、僕はタケシの腕にすがりついてしまう。
燃える炎が恐ろしく、彼らから顔を背けてしまった。

「大丈夫、あれは花火だよ
 あの子達はちゃんと大人と一緒に遊んでるし、制御できる火だから怖くないからね
 住宅街だし、打ち上げとかはやらないよ」
タケシは僕を安心させるように言うと、身体を寄せてくれる。
「あれは、見ていて楽しい火なんだ
 ほら、形や色が変わっていくだろう?
 あっという間に燃えてしまうんだ」
タケシに説明されて、僕は恐る恐るそちらに目を向けた。
確かに、棒の先から飛び出す火は辺りを焼き尽くすほど成長せずに、すぐに小さくなっていった。
花火の光に照らされて、子供達の楽しそうな笑顔が浮かんでは消えていく。
その光景は僕の古い記憶を呼び起こした。

「花火…?そうだ、花火、知ってます
 夏休みにペンションに子供達が来ると、時々あのお方がそれを用意していました
 でも、あんなに勢いよく火が出る棒ではなかったです
 もっと小さな火の玉が、紙の先に付いている物でした」
僕の辿々(たどたど)しい説明だけで
「そうか、線香花火だね」
タケシにはそれが何であるかがわかったようであった。
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