しっぽや2(ニャン)

□ひろせの夏休み
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<HIROSE>

夏休み。
僕はそれを知っている。
夏休みになるとあのお方のペンションは、子供連れのお客さんが増えるのだ。
僕は子供は騒がしくてあまり好きではなかったけれど、ボルドーとブルゴーニュは大喜びで一緒に散歩を楽しんでいた。
たまには騒がしくない子供もやってきて、僕のことをおっかなびっくり撫でた後『ふわふわー、可愛い』と嬉しそうに笑ってくれた。
誉められた僕は機嫌良く、大人しい子供達の相手をしてあげたものだった。

今年の夏休みは、猫だったときとは全然違うものになりそうであった。
愛しい飼い主『タケシ』と一緒の夏休み。
いつもより沢山、タケシが部屋に泊まりに来てくれる。
他の猫や犬の化生に聞いていて羨ましいと思っていたことを、タケシと共に体験できるチャンスなのだ。
僕にとっては特別に楽しい夏になる、嬉しい予感で満ちあふれていた。


「お疲れさま、今日はもう上がりにしよう」
そんな黒谷の言葉で、しっぽや事務所にいる皆が帰り支度を始める。
今日は荒木も日野も『予備校』に行っているので休みだったのだ。
細々した雑用を、朝からタケシが1人で頑張ってこなしていた。
「お疲れさまでしたー」
タケシは疲れも見せずに笑顔で挨拶をする。
「荒木も日野も居ないから、大変だったかな」
黒谷がそう声をかけると
「大丈夫です!俺もここで働き始めてから3ヶ月以上経ちますからね
 いつまでも2人に頼ってたら格好悪いし
 それに夏休みが始まったばっかで、テンション上がりまくりだから」
タケシはエヘヘッと笑って見せた。
「今日は、ひろせのとこにお泊まりだしね」
タケシに明るい笑顔を向けられて、僕は嬉しくてたまらなかった。
「ごちそうさま、明日もよろしくね」
少し羨ましそうな顔の黒谷に挨拶し、僕とタケシはしっぽや事務所を後にした。


Tシャツにジーンズというラフな格好のタケシに合わせ、僕も同じ様な格好に着替え並んで歩く。
『お揃いだ』
そう考えて、自然と顔が緩んでしまった。
「影森マンションに帰る?その前に、買い物でもしてく?」
優しく問いかけてくれるタケシに、僕は甘えたくてしかたがなかった。
「あの、よかったら少し散歩して帰りませんか?
 この時間なら、そんなに暑くないし」
上目遣いに聞いてみるとタケシはすぐに頷いてくれる。
「うん、荒木先輩が白久との夜の散歩を自慢してたから、ちょっと羨ましかったんだ
 猫の散歩ってどうかな、って思ってたけど、ひろせも行きたいと思っててくれたんだね」
タケシから嬉しい想念が伝わってきて、僕もさらに嬉しくなってしまう。
僕たちはドキドキしながら手を繋ぎ、夜の道を歩いていった。

「ここの公園で、空がしつけ教室をやっているんです
 木陰もあるし、ビオトープって池もあるんですよ」
僕が公園に案内するとタケシは辺りを珍しそうに見渡した。
「へー、こっちの方って、駅と逆だからまだ来たこと無かったよ
 事務所から近いんだね
 地面が土だからかな、道路より少し涼しいかも」
「外灯も多くてあまり暗くならないので、散歩する犬も多いんです
 たまにここに寄って、散歩中の犬を触らせてもらってます」
僕が舌を出すとタケシはププッと笑いを漏らす。
「ひろせは本当に犬好きの猫だね
 あ、言ってるそばからチョコラブが来たよ
 触らせてもらおうか」
「はい、あの方はビターさんです
 3歳と若い方なので、とてもフレンドリーですよ」
「流石、詳しいね」
僕たちはそんな会話を交わしながら、しばらく公園で散歩中の犬達と戯れ合うのであった。

その後、公園から少し足を延ばす。
「もう閉まっているけど、あそこがカズハさんの働いているペットショップです
 チェーン店ではないので、無茶な生体販売をしないから気が楽だってカズハさんが言ってました
 僕はペットショップ出身だから、その辺、よくわからないんですけど
 僕が居たお店のスタッフさん達も、良い人ばっかりだったから」
僕が首を傾げると、タケシは優しく髪を撫でてくれる。
「こーゆーお店って、ピンキリだからね
 ひろせがお店でイヤな思いをしてなくて、良かった」
僕を心配してくれるその想いが嬉しくて、また、幸せな気分になってしまう。

「あ、あそこの角のケーキ屋さん、ケーキもだけど焼き菓子も美味しいんです
 残念、もう閉店準備してますね」
「何回か、買ってきてくれたことあったね
 あの看板のマーク、袋にデザインされてたの覚えてるよ
 うん、確かに美味しかった
 でも、ひろせの作るケーキの方が美味しいな」
プロの作る物より美味しいと言ってくれるタケシに、僕はとても誇らかな気持ちになる。
タケシは僕を気持ち良くさせてくれる天才だと思う。
彼に誉めてもらうため、もっともっと頑張ろうと前向きな気持ちになれた。
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