しっぽや2(ニャン)

□胸の決意
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side<MINANO>

明日は土曜日で、黒谷の部屋に日野が泊まりに行く。
日野のお母様はデートで帰りが遅くなるから、お婆様1人の夕飯になってしまうらしい。
「よかったら、2人で夕飯食べに行ってあげて
 お客さん来ると、婆ちゃん張り切るしさ」
しっぽやの事務所で笑顔の日野に頼まれて、私と明戸は顔を見合わせた。
あのお方を思い起こさせる日野のお婆様との食事はとても楽しいものであるけれど、このところ頻繁にお邪魔しているので負担になってはいないかと私達は少し心配していたのだ。
余ったから、と料理のお土産をいただくこともしばしばで、嬉しい反面申し訳なくも思っていた。
お返しに私達からも何か差し上げたかったけれど、人間の女の人が何を貰えば喜ぶのか皆目見当も付かず、途方に暮れていたのだ。

「いつも色々いただいてばかりで、よろしいのでしょうか」
そう問いかけると
「婆ちゃん、世話焼きだから良いの良いの
 むしろ2人に来てもらえるの嬉しいよ
 こう言っちゃうと失礼だけど、本当は猫でも飼ってあげたいんだよ
 でもうちのマンション、ペット不可だから
 2人には、婆ちゃんの気晴らしに付き合ってあげて欲しいんだ」
日野は苦笑を見せた。
「ペットとしての役割なら、任せて
 俺達、甘え上手だもんな
 よくあのお方に誉められたもんよ」
明戸が朗らかな笑顔を向けてくる。
その笑顔で、私も過去を思い出した。
「そうですね、あのお方には1日に何度『可愛い』と言われたことか」
「いや、俺の方が『可愛い』って言われる回数は多かったって」
「私はお父さんにも『可愛い』と言われてました」
「俺だってお母さんに『可愛い』って言われてた」
私と明戸の会話に
「はいはい、2人とも可愛いよ」
日野は終止符を打つようにそう言って、私達の頭を撫でてくれた。

「あ、じゃあ、2人には買い出しに付き合ってもらおうかな
 ここんとこタイミング悪くて、俺、婆ちゃんの買い物に付き合ってないんだ
 トイレットペーパー、換えの電球、ツナ缶、牛乳、卵、果物、野菜、重い物とか、かさばる物を運んで貰えると助かるなー」
日野の言葉に
「買い物のお供、何だか楽しそうですね」
私はワクワクしてきた。
あのお方のお供をすることは永遠に叶わない、あのお方が何を求めていたのか私には永遠に知る術(すべ)がないのだ。
けれども、あのお方と似たところのあるお婆様と共に買い物できれば少しはあのお方に近づけそうな気がした。
それに、お婆様のお役に立てそうなことをしてみたかった。
猫だったときは家から出ることを好まなかったが、今は何をすれば人のためになるのか知りたかったのだ。
明戸も同じ思いなのだろう。
「良いね、それ
 好きなもの何でも買ってもらって、俺達でお金払えば、お返しみたいなプレゼントにならないかな」
瞳を輝かせてそんなことを言っている。

「いや、家で使う日用品の代金払って貰う訳にはいかないよ」
慌てる日野に
「それくらいのお返しはさせてください
 私達、お婆様にはお金では買えない素晴らしい時間をいただいておりますので」
「そうそう、それに俺達だってたまには有意義にお金を使ってみたいんだ
 自分達の為じゃなく、好きな人間のために何かを買うって楽しそう
 飼い主いると、いつもこんな気持ちなのかな」
私達は少し浮かれ気味に答える。
「日野、彼らの好きなようにさせてください
 2人とも、明日は早く上がって良いからね
 お婆様のお手伝い、しっかりしてくるんだよ」
黒谷が私達に優しい笑顔を向けてくれた。
それからまだ困惑気味の日野に
「僕も、日野のために何かを買うことが楽しくてしかたないんですよ
 飼い主のために何か出来ることが、嬉しくてたまらないんです
 彼らにもそんな気持ちを味わわせてあげてください」
そう言ってくれる。

「そう?それじゃ、甘えちゃおうかな
 でも、高いもの買わなくて良いからね」
日野はやっと折れてくれた。
「ちぇー、せっかくだから夕飯用に生本マグロの中トロでも買おうと思ってたのに」
明戸がムクレてみせる。
「まあ、双子も一緒に食べるものならちょっとくらい贅沢してもいいか
 でも、婆ちゃん年取ってから中トロより赤身の方が好きになったって言ってたな
 あんまり脂っこくない食材にしてあげて」
苦笑する日野に
「わかりました」
私は頷いた。

『お父さんは中トロが好きだったけど、あのお方は赤身が好きだったっけ』
思い出の中のあのお方と、お婆様が重なっていく。
同じ事を思い出しているのであろう明戸が、そっと手を握ってきた。
私はその手を握り返し
「楽しみですね」
魂の片割れにそう笑顔を向けるのであった。
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