しっぽや2(ニャン)

□ずっと一緒
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以前も待ち合わせたことがある店で、俺とゲンさんは酒杯を傾けていた。
どちらも『取りあえずビール』で乾杯する。
「ここ、本当に焼き鳥美味しいですね」
「だろ?肉が新鮮なんだよ、だからもつ煮込みも美味い!」
「ナス田楽も頼んで良いですか?」
「ほんと、中川ちゃんは渋いな
 よし、刺身の盛り合わせも頼もう、ツマも食べれば大根サラダ代わりだ」
俺達は料理をつつきながら、たわいのない話しに花を咲かせていた。

「で、どうした?羽生に何かあったのか?」
程良く出来上がってきた頃に、ゲンさんがさりげなく聞いてくる。
「いや、羽生に問題はないんですよ
 問題は、俺の心の中に有るというか…」
俺は言いよどんでしまうが
「前にゲンさんが、羽生と同じ時を過ごしていた俺が羨ましいって言ってましたよね
 でも俺、子猫だった羽生に何もしてやれなかったんです
 なのに羽生は化生するほど俺を慕ってくれて…
 羽生を飼い始めた頃は深く考えた事がなかったけど、今は彼の一途な健気さに心を打たれっぱなしです
 本当なら俺は、羽生にあんな風に想ってもらえる飼い主じゃない
 あんな小さな子猫を餓死させるなんて、子供の時の事とは言え酷い人間だ」
語気も荒く、一気に思いの丈をゲンさんにぶちまけてしまった。
絶望しながら飢えて死んでいった子猫を思うと、涙が出てしまう。

「羽生は特殊ケースなんだ」
涙ぐむ俺に、ゲンさんが静かに話しかけてくる。
「はい、本当ならあんな小さな子猫が、化生するほど思い詰めるなんて事は無いと思います
 無念…だったんでしょうね」
俺は耐えきれずに俯いた。
「ナガトが言ってたよ
 『自分達は絶望の淵に化生したけど、羽生は希望のために化生した
  取り返しの付かない自分達と違い、取り返すために化生したんだ』
 ってな
 それが出来る羽生は幸せ者だってさ」
ゲンさんの言葉に思わず顔をあげたると、彼は優しい顔で見つめてくれた。

「羽生は自分でも言ってたろ?猫だった時は体が弱かったって
 餓死したんじゃなく、寿命だったんだ
 それがたまたま、中川ちゃんの修学旅行と重なっちまっただけだよ
 まあ、多少は羽生の意志もあったんだろうけど
 目の前で羽生に死なれてたら、もっとトラウマになってたんじゃないか?
 だから羽生も、中川ちゃんが居ないときに逝ったんだ
 猫ってな、その辺自分で少なからず調節出来るんだよ
 俺も実家で何匹か看取ったが、その猫の性格が現れるような都合の良いタイミングで旅立っていったぜ」
ゲンさんの静かな言葉は続く。

「猫の執着は激しいんだ、荒木少年に聞いてみ?
 彼が今飼ってる猫も、けっこーな来歴の持ち主だぜ
 それに関しては羽生も負けちゃいねー、お前さんにメチャクチャ執着してるだろ
 羽生にとっての幸せは、中川ちゃんと一緒に居ることだ
 猫だったときに出来なかったことをやるために化生した、と言うか猫だと出来ないことをするために化生したのかな」
その言葉に、俺は首を傾げた。
「猫だと、出来ない…?」

「『ずっと、一緒にいること』多分、それなんじゃないかな
 たとえ丈夫な猫に生まれ変わっても、また羽生の方が先に死んじまうだろ
 それでも猫としての生を繰り返し何度も同じ人の所に行く子もいるが、羽生はそれを良しとしなかった
 自分のせいで、中川ちゃんに泣いてほしくなかった
 大好きな人が笑顔でいる手伝いがしたくて、化生したんだ
 これは、飼い主がすでに死んでしまっている他の化生には絶対に出来ないことなんだぜ」
ゲンさんの言葉に、俺は驚いてしまう。
「猫って生き物は、時に驚くほどポジティブなんだ
 へこたれずにチャレンジするんだよ
 犬みたいに群で暮らしてれば自分が出来ないことも誰かがやってくれるが、猫は基本単独生活だから自分で何とかしなきゃならない
 気になる事への粘りが違うんだ
 中川ちゃんは羽生にネバネバ張り付かれてんの」
クツクツとゲンさんは楽しそうに笑った。

「中川ちゃんは細かいことは気にせず、ただ羽生を愛してやれば良いんだよ
 笑いかけてやるのが、羽生の1番の幸せだ」
ゲンさんにそう言われると、胸が軽くなっていく。
「俺に飼われることを、羽生が強く望んだんですね
 『一緒にいる』という希望を胸に、化生した…」
俺に向ける羽生の笑顔を思い出し、また、涙が浮かんでしまう。
「子猫時代の羽生と過ごした場所に行って、過去と決別してみるのも手だと想うぜ
 じゃないと、いつまでも心に引っかかるだろ?」
その言葉で、俺の意志が固まった。
「今度の休み、2人で羽生の墓参りに行ってきます
 本人と行くのもおかしな話しですが」
苦笑する俺を、ゲンさんは優しく見つめてくれた。

「どれ、決心がついたとこで、そろそろお開きにするか
 家では美味い〆のお茶漬けが待ってんぜ」
「ええ、楽しみですね」

俺達は精算を済ませると、愛する化生の待つ部屋に帰っていくのであった。
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