しっぽや2(ニャン)

□未来を見据える
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side<TAKESI>

梅雨の晴れ間、とは言い難いけど、傘をささずにすんでいる曇天(どんてん)の放課後。
俺は学校からバイト先であるしっぽやに1人で向かっていた。
今日は荒木先輩は家庭の用事、日野先輩は部活なのでバイト員は俺だけなのだ。
今まで1人で仕事をしたことがなかったから、少し緊張してしまう。
『えっと、未入力の報告書があったらそれのデータを入力するだろ
 んで、誰も居ないときに依頼人が来たら、お茶を出して話を聞いて犬なら黒谷、猫ならナガトのスマホに連絡して指示を仰ぐ
 後、何すれば良いかな
 古い資料とかは、日野先輩がいる時に整理しないと分かんないし
 お茶の買い出しは荒木先輩と一緒の方が良いもんな
 あ、おつとめ品で買った煎餅の賞味期限近いから食べて、って言われてたんだっけ』
俺はしっぽやに着いてからやることを、色々と考えていた。
『ひろせ、捜索に出ちゃってるかな
 捜索行く前に、行ってらっしゃいのキスとかしたら張り切ってくれるかな』
愛しい飼い猫のことを考えて、つい笑みを浮かべてしまう。
自分がニヤニヤしながら歩いてる危ない奴だと気が付いた俺は、慌てて表情を引き締めしっぽやへの道を歩くのであった。


しっぽやまで後少し、といった場所で、可愛い女の子が1人でポツンと立っている姿が俺の目にとまった。
真っ黒な長いストレートの髪、可憐な白いワンピース。
ゲームやアニメに出てくる『美少女(幼女?)』そのもの、といったような子だった。
本来ならば、守ってあげたくなる代表のような存在だろう。
なのに俺はその子を見たとたん、体が震えてきてしまったのだ。
怖くて怖くて堪らない、山の中でいきなり熊やイノシシといった危険な野生の獣に遭遇してしまったような、そんな危機感でいっぱいになる。
生物としての格の違いを、見せつけられているようであった。
この子に比べたら、俺よりデカい空ですら可愛い子犬に思われた。

「あの」
件(くだん)の美少女が、俺に話しかけてくる。
「ヒッ」
俺は恐怖のあまり情けない悲鳴を上げながら、1歩後ずさってしまった。
「犬を見かけませんでしたか?
 はぐれてしまって…」
困ったような表情を見て、やっと俺は自分がこの子に対して変な反応を示していることに気が付いた。
誰かに見られていたら、あからさまに俺の方が不審人物だろう。
「い、犬…?」
口の中がカラカラに乾いていた俺は、やっとの思いで掠れる声を振り絞った。
「ええ、灰色で、モコモコしていて、大きいのです」
女の子は可愛らしく小首を傾げながら答える。
『灰色でモコモコしてて大きいって…波久礼?
 ひろせが化生したてのころお世話になってたって狼犬?』
何度か会ったことのある彼を思いだし、俺は慌てて首を振ってその考えを追い払った。

『何考えてんだ俺、犬だって言ってるじゃん
 えと、モコモコ灰色の犬、ハスキーとかアラスカンマラミュート、オールドイングリッシュシープドッグ?
 でも、この子から伝わってくる灰色でモコモコのイメージは、空って言うより波久礼なんだけど…』
俺はそこで自分の考えにギクリとなった。
『伝わってくるイメージ?俺、人の考えてることなんてわかんないぞ
 わかるとしたら、ひろせが考えてることで…』
混乱する俺を前に、美少女はクスクスと笑い出した。

「やはり貴方は荒木と同じようにはいかないみたいですね
 勘の鋭い方だこと
 怖がらせてしまって、ごめんなさいね」
彼女は大人びた口調で謝ってくる。
「荒木先輩の…知り合い?」
俺が恐る恐る聞くと、彼女は優しく微笑みながら頷いた。
「ひろせの事も知ってますよ
 あの子から聞いたことはありませんか?」
その言葉に俺はハッとなる。
「あ、それじゃ、貴女が『三峰様』!」
彼女のことが怖かったのも頷ける、俺の目の前にいる存在は野生の狼なのだ。
「どうぞ、『ミイちゃん』とお呼びください
 私も『タケぽん』と呼ばせていただいてよろしいかしら
 人間のことを親しいあだ名で呼ぶなんて、初めてですわ」
ミイちゃんが、はにかんだ笑顔を見せる。
その笑顔を見て、俺がミイちゃんに感じていた恐怖は溶けるように消えていった。

「さあ、こんな所で立ち話もなんですから、しっぽやに参りましょう」
ミイちゃんは俺に手を差し出してくる。
「はい」
俺がその手を取ると『コンビニ』と『アイス』の映像が浮かんできた。
確かに今日は少し蒸し暑く、アイスでも食べたい感じだった。
「アイス、買って行きましょうか
 箱のを何個か買って冷凍庫に入れとけば、皆で食べられるし
 そういえば、今日は和風カップアイスの新作が出るってネットのニュースで見たな
 あれ、美味しそうだったから探してみましょう」
そんな俺の言葉に
「まあ、私としたことが」
ミイちゃんは恥ずかしそうに頬を染めるのであった。
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