しっぽや2(ニャン)

□輝ける太陽
1ページ/4ページ

side<HIROSE>

シトシト、シトシトと雨が降っている。
しっぽや所員控え室の窓から見える雨に、僕たち猫はうんざりしていた。
「まだ梅雨前だってのに、昨日からよく降るなー」
明戸が盛大なため息を付く。
「こんなに沢山の水、どこから来るんだろう?
 何で空の水が無くならないのかな?」
羽生が不思議そうに空を振り仰いだ。
「雨は…嫌いです」
皆野が沈んだ顔を見せると、明戸がその体に寄り添って
「俺だって、嫌いだよ」
労るように髪を撫でた。
「っつー訳で、俺たちは寝てるから何かあったら起こして
 こんな雨の中出歩く猫なんて、いやしないよ
 今日は開店休業ー」
明戸はそう宣言すると、双子の皆野と寄り添ったまま寝てしまった。
「俺も寝てよっと」
羽生も明戸に寄りかかって寝始めた。
そんな3人を見ながら
「でもね、私達の側にはいつだって太陽が輝いているんですよ」
長瀞が声を潜めて、悪戯っぽい顔で笑いかけてきた。
「うーん、まあ、雲の向こうはお日様出てるんだよね
 全然実感ないけど」
僕の言葉に、長瀞はまた意味ありげに微笑んでみせた。

「俺も雨って好きじゃない
 犬だったときは、毛が濡れるのイヤだったぜ
 でも、レインコートで散歩するのはトレンディーな気分だったな」
空がヘヘッと笑う。
「そうですかねー、これくらいの雨なら濡れた気がしませんでしたが」
白久が首を傾げると
「秋田犬は雪だってへっちゃらのモコモコじゃん」
空が頬を膨らませる。
「ハスキーだって橇(そり)犬なんだから、かなりモコモコかと」
苦笑する白久に
「俺は野蛮な橇犬とちがって、可愛い愛玩犬だったの」
空は胸を張ってみせた。


コンコン

気だるい空気の中、事務所にノックが響く。
知らない人間の気配なので、依頼人のようだ。
暫くすると
「ミニチュアダックスの子犬だ、誰が出る?」
そんな黒谷の声が聞こえてきた。
「お子ちゃまは雨も平気かー、俺も今日は開店休業だと思ったのにな
 はいよ、俺が出るぜ」
空はそう言って立ち上がるとこちらにヒラヒラと手を振って、控え室から出て行った。
「こんな天気でも、犬の方は忙しそうだね」
僕の言葉に
「ですね」
白久は微笑んでみせた。

空が事務所を出て行ってから、電話が鳴る音が聞こえてくる。
『また、犬かな?犬って水遊び好きだから』
そう思った僕は、少しうたた寝しようと隣に座る長瀞にもたれかかった。
「はい、はい、ああ、あの人の紹介で
 ええ覚えておりますよ」
僕はぼんやりと、電話の受け答えをしている黒谷の声を遠くに聞いていた。
「それで、種類の方は?
 はい?何ですって?ターキッシュバン?
 毛の長さの方は?ほう、どちらかというと長毛
 毛玉が出来にくいんですか、それはお手入れが楽ですね
 では所員を伺わせますので、到着しましたらその者に再度状況の説明をお願いします」
黒谷は電話を切った後、控え室までやって来てそっとドアを開け
「あー、何か、ターキッシュバンの依頼なんだけど、誰が出る?
 と言うか、ターキッシュバンって、どんな猫?
 飼い主さんが言うには、どっちかというと長毛って毛の長さらしいけど」
自信なさそうな顔でそう言った。

「キッシュとパン?どっちも美味しいね〜」
羽生が寝ぼけながらムニャムニャ呟いている。
「長毛ならまかせた」
双子も再び寝る体勢に入っていった。
僕と長瀞は顔を見合わせる。
「調べてみますか」
長瀞がスマホを取り出して操作し始めた。
「こんな雨の中、猫が外に出るなんて、よっぽどの理由があるのでは」
白久が真剣な顔になった。
「6歳の雄だって話だから、子猫が浮かれて飛び出した訳じゃなさそうなんだよね
 朝から姿が見えないから自分でも探したけど発見できなかったって、飼い主さん言ってたし
 電話では穏やかな声の人だったから、虐待とかしてなさそうな感じなんだけど」
黒谷も首を捻っている。
「虐待してたら、わざわざペット探偵になんか依頼しないものね」
僕も、その猫が心配になってきた。

「あった、これです
 トルコを原産地とする猫の一品種、被毛は半長毛」
長瀞がスマホの画面をこちらに向けてくる。
「ああ、ほんとだ、尻尾はフサフサなのにそれ以外は中途半端な長さだね
 飼い主さんが説明に困った訳だ
 へー、頭と尻尾だけ柄が入ってて、後は真っ白な毛色なのか」
黒谷が納得した顔を見せた。
「と言うか、ここ、読んでみてください」
長瀞が指さす先を黒谷が読み上げる。
「この猫の面白い特性は、水に興味を示すことである
 入浴や水浴びを大変に好み、水泳を行う…って、ええ?猫なのに?」
僕たちは驚いた声を出してしまった。
画面には、気持ちよさそうに湖で泳ぐ猫の写真が何枚もある。
「じゃあこの子、水遊びしたくて雨の日に脱走したの?」
呆然と呟く黒谷に
「その可能性が高いですね」
長瀞は苦笑した顔を向けるのであった。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ