しっぽや2(ニャン)

□喜びの居場所
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side<NAGATORO>

コンコン

しっぽや事務所に響くノックの音で、私の意識が覚醒する。
今日は猫の依頼が少なく控え室で仕事を待っている間、うたた寝をしてしまったようだ。
同じく双子が寝ぼけた顔を向けてくる。
「依頼か…?」
ボンヤリと呟く明戸に
「いえ、荒木様の気配です
 もう、バイトに来る時間なのですね」
私が答えると明戸はムニャムニャ言いながら、また皆野に寄りかかって寝入っていた。
「日野は、今日は部活だって言ってましたね…」
そんな呟きを残し、皆野も明戸に寄りかかって寝てしまう。
この2人、猫だったときは見事な猫団子になって寝ていたのだろうな、そんなことを考えて私は思わず笑ってしまった。

私ももう一眠りしようかと思ったところで、事務所の会話が耳に入ってきた。
『で、あいつの誕生日にはちょっと早いんだけどさ、今週末どうかな』
『日野のためにありがとう、荒木』
『いや、俺も誕生日にブレス貰ったし
 お返しのプレゼント、消えて無くなるものってのも寂しいかなとか思ったけど
 あいつにはこっちの方が喜ばれそうだしさ
 白久と黒谷も一緒に行こうよ』
『よろしいのですか?』
『うん、日野と2人で食べ放題行くと、流石に店に申し訳ない量になるから
 大人数で行った方が、まだカモフラージュになるんだ』
『焼き肉食べ放題か〜、テンション上がるね』
その言葉を聞いた私は、思わず控え室から顔を出し
「すいません、よろしかったら私とゲンも混ぜさせてもらって良いでしょうか」
そう言ってしまっていた。

事務所にいた皆が、驚いた顔を向けてくる。
少し恥ずかしく感じながら
「焼き肉食べ放題、私とゲンで行っても負けてしまうのでゲンが行きたがらないんです
 たまには色々なお肉を食べさせてあげたくて」
私はそう説明した。
「うん、ゲンさんあんまり食べないもんね
 日野と一緒に行って、ちょっとずつあいつの皿からかすめ取るのが良いよ
 ゲンさんと割れば、まだ常識的な量になるからこっちも助かるし
 あいつ、学校の駅の側にある焼き肉屋で1人で肉だけで60皿食って、食べ放題注文禁止になってんだ
 俺、あいつに間違えられて食べ放題注文できなかったことあるんだぜ
 俺の方が1cmも背が高いのに、間違えるとかヒドくない?」
荒木はブツブツ文句を言いながらも、その目は笑っていた。

「今週の土曜日、しっぽや終わってから駅前の店に行くんだ
 週末だしこっちの人数多いから、予約しとくよ
 臭いが付いても大丈夫な服、着てきてね
 俺達も一旦マンションで着替えてから行くんで、エントランスで待ち合わせしよう
 8時頃なら大丈夫?
 店の予約は8時半でいいかな」
笑顔の荒木に頷いて
「はい、ゲンに伝えておきます」
そう答える私の心は、早くもゲンに何を食べさせようかと当日に向けられているのであった。


その日の夕飯時、出来上がった豚肉の生姜焼きを刻みキャベツの上に盛りつけながら、私は焼き肉食べ放題のことをゲンに伝えていた。
「そうか、日野少年と行きゃ、バッチリ元は取れるな
 ありがたく、日野少年の皿から肉をかすめ取るとするか」
ゲンはグラスにビールを注ぎ、嬉しそうな顔になった。
「お野菜も、食べてくださいね」
テーブルに皿を置き、私が言い添えると
「ああ、焼き肉屋のナムル盛り合わせは好物だ
 焼いたタマネギも肉に合うしな
 焼きシシトウも好きだけど、俺、当たりを引く確率高いからなー
 あれ、本当に辛いんだ」
ゲンはそう答えて苦笑する。
「少しずつ、色々な物を皆様のお皿からいただきましょう」
「俺達、焼き肉食べ放題窃盗団だ」
ゲンは悪戯っぽい顔で笑う。
ゲンに渡されたグラスを手にし、私達は笑いながら乾杯した。

「そっか、デカワンコちゃん達、焼き肉の食べ放題なんて初めてか」
ゲンが感慨深い顔になる。
「そうですね、秩父先生がご存命だったときは、色々なお店に連れて行っていただきましたが
 あの時代、食べ放題の店、なんてありませんでしたから
 デパートのレストラン、ラーメン屋、お寿司屋、蕎麦屋、喫茶店、定食屋に洋食屋
 大奮発だ、と中華料理店や鰻屋に連れて行っていただいたこともありましたっけ
 焼き肉屋も大奮発に入ってましたね
 それが今では食べ放題だなんて」
私は懐かしく昔を思い出していた。

「俺がナガトを飼い始めた時も、近所にゃ、んな店なかったもんな
 学生で金も無かったし、ワンコちゃん達まで食べ歩きに連れていけなくてさ
 医者とは資本が違うもんなー
 ナガトを連れて行くにしても、ファミレスやファーストフードが多くてごめん」
ゲンは少し申し訳なさそうな顔になる。
「いいえ、一緒に居られるだけで私はとても幸せです」
「…ナガトは本当に健気だな」
食事中だというのに、ゲンは私に近づくと強く抱きしめてくれた。
温かなゲンの腕の中で、私は深い満足と幸せを感じるのだった。
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