しっぽや2(ニャン)

□未来に繋がる物語2
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もしも僕が人であったなら、炎の中、あのお方を抱き上げて外に連れ出せたのではないか
あのお方の盾となり、炎から守ることが出来たのではないか
もっと、何か役に立てたのではないか
あのお方をどれだけ愛していたか、言葉にして伝えることが出来たのではないか
あのお方と過ごせる時が、どれだけ幸福で大事な時間だったのか伝えることが出来たのではないか


気が付くと灼熱の炎は収まり、薄暗いトンネルを取り留めのないことを考えながら、僕はあてもなく歩いていた。
僕の他には誰もいない。
一人でトボトボト歩く僕の目に、光が見えてきた。
誰かが待ってくれているような気がして、僕は小走りで光に近付いていった。
その時、初めて自分が四つ足で歩いていないことに気が付いたのだ。


光の先には人間の女の子が居た。
しかしその気配は、野生の獣のものであった。
「よく、ここまでたどり着きましたね
 貴方は化生しました
 これから貴方の名前は『ひろせ』になります
 新たな飼い主と巡り会うために、しっぽやにいらっしゃい」
彼女は優しく微笑んで、僕に手を差し伸べてくれる。
僕はその手をしっかりと掴み
「もう、あのお方には会えないのでしょうか」
そう呟いた。
自分の言葉で、涙が頬を伝ってしまう。

「新たに心惹かれる方に、きっと巡り会えるよ」
女の子の側にいた大きな男の人が、優しくそう言ってくれる。
旦那さんより、ブルゴーニュより、ボルドーよりも大きいその人が犬であることに僕は気が付いた。
大きな男の人と、小さな女の子。
その光景は旦那さんとあのお方を思い起こさせて、僕は彼に縋って泣いてしまった。
彼は僕を慰めるように、優しく髪を撫でてくれた。


「しっぽやという場所に移動するまで、暫くこちらで暮らしてもらうからね」
大きな男の人は波久礼と名乗り、狼犬の化生であることを教えてくれた。
彼に案内され、ペンションとは全く間取りの違う大きな屋敷を歩いていると
「波久礼の兄貴、今回の新入りってその猫?」
「猫にしては、何かデカくね?
 新種?もしかして新種?未確認生物だったらスッゲー!」
よく似た2人の大きな男達が僕たちに近寄ってきた。
目を輝かせながら僕を見るその2人に、懐かしい感覚が呼び起こされる。

「触って良い?フワフワじゃん」
「これ、長瀞や羽生よりフワフワしてんじゃね」
彼らに乱暴に撫で回されると、思わず笑みがこぼれてしまう。
「お前達、新入りを驚かすな」
波久礼の恫喝で彼らは姿勢を正した。
「大丈夫です、僕、大きい犬大好き」
僕は自分から2人に抱きついた。
大きな犬の邪気のない乱暴さと懐っこさ、それは以前の家族を思い起こさせる。
「マジ?そんなこと言ってくれる猫、今までいなかったぜ」
「羽生なんか、最初は兄貴の顔見て腰抜かしてたもんな
 おかげであいつがこっちに居る間は、全然会わせてもらえなくてさー」
彼らに揉みくちゃにされ、僕は幸せを感じていた。
大きな犬達はシベリアンハスキーの『陸』と『海』と名乗ってくれた。

この屋敷には『武衆(ぶしゅう)』と呼ばれる三峰様を警護する犬達が複数暮らしていた。
波久礼はその武衆を束ねる者であった。
「人間に名乗る時は『武州 波久礼(ぶしゅう はぐれ)』の名称を使っている
 ひろせはしっぽやに所属するのだから『影森 ひろせ』と名乗りなさい
 飼い主が現れたら、その方を守る『影守(かげもり)』となるんだよ」
波久礼は僕に色々なことを教えてくれた。
「僕は、武州にはなれないのですか?」
あのお方を思い起こさせる三峰様をお守りしながら過ごすのも、悪くはないことのように思えた。
「ひろせは優しすぎて無理だよ」
苦笑する波久礼に続き
「うん、猫にゃ荷が重いかもな
 ひろせはしっぽやに行って飼い主見つけた方が良いって」
「しっぽやにさ、俺達の子分の『空』ってやつがいるからよ
 寂しかったらそいつのとこ行きな」
陸と海も僕を撫でながらそう言ってくれる。

僕は自室としてあてがわれた部屋を利用せず、武衆の犬達の部屋で暮らしていた。
山の中での暮らし、小さな女の子とそれを守る大きな男の人、陽気な大型犬達。
生前の暮らしを彷彿とさせるここでの生活は、僕にとって満足できるものであった。


化生して1ヶ月が過ぎた頃
「ひろせ、そろそろしっぽやに移動しましょうか」
三峰様にそう言われた。
「ずっと、ここには居られませんか?」
僕は犬達と別れるのが寂しかった。
「しっぽやにも犬は居ますよ
 それに、人と接する機会が多いので、飼っていただきたい方と会える可能性が上がるでしょう」
三峰様は優しくそう諭してくれた。
「部屋は準備してあるし、今日、移動しましょうか
 最寄り駅まで、波久礼に送らせます
 後は黒谷に迎えに来て貰いましょう」

こうして僕は、急遽しぽっやに移動することになったのであった。
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