しっぽや2(ニャン)

□未来に繋がる物語2
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side〈HIROSE〉

『ロゼ』

優しく僕を呼ぶあのお方の声を、僕はずっと忘れない。
あのお方と、あのお方の旦那様、ゴールデンレトリーバーのブルゴーニュ、ラブラドールレトリーバーのボルドー、それが僕の家族だった。
かけがえのない、大切な家族だった。
あの事故が起こるまでは…


僕はペットショップで暮らしていた。
その前はママや兄弟達と一緒だったが、それはボンヤリとしか思い出せなかった。
僕を『可愛い』と抱っこしてくれるお客さんも多かったが『ノルウェージャンフォレストキャットって大きくなるのよね』そう言って、買おうとはしてくれなかった。
生後半年を過ぎても売れなかったので『お店の看板猫にしようか』なんて言われていた時に、僕はあのお方と出会ったのだ。

「生後7ヶ月?まだ子猫ちゃんなのに大きいね」
あのお方は僕を初めて見たとき、そう言って驚かれた。
「子猫の時はやんちゃでも、温厚な種類で飼いやすいですよ」
お店のお姉さんが、必死に僕をアピールしてくれる。
「抱っこしてみても良いですか?」
若くて小柄な女の方だったので、きっと『重い』と言われるだろうと僕は諦め気分でそう思っていた。
しかしその女のお客さんは僕を軽々と抱き上げて
「なんだ、ブルゴーニュやボルドーより全然軽い
 可愛い
 フワフワでキレイな毛並みね」
そう言って僕を誉めてくれた。

「そりゃ、ゴールデンやラブに比べればなー」
小柄な女の人に比べると、山のように大きな男の人が苦笑する。
「あなた、この子、うちの家族にしましょうよ
 このまま連れて帰りたい」
僕をしっかり抱きしめたまま、女の人はそう言った。
男の人はかがみ込んで抱かれている僕と視線を合わせ
「うちの実力者がご所望だ
 うちに来てくれるかな?」
優しくそう問いかけてくる。
「何よー、実力者って
 あのペンションの経営者はあなたなんですからね
 表向きは」
彼女はそう言ってクスクス笑う。
「君のケーキと看板犬がいなけりゃ、今ほど繁盛してないよ」
男の人が肩を竦めると、彼女はまた楽しそうに笑った。

こうして僕は高原にあるペンションの看板猫として、新たな家族達と暮らし始めたのだ。


最初は大きな犬が怖かったが、優しくて陽気な彼らに僕はすぐに慣れていった。
夜は彼らと一緒に寝ると温かいことも知った。
ペンションに来るお客さんとの接し方も学んだ。
僕はこのペンションの看板猫として居られることに、幸せを感じていたのだ。
『毎年、ロゼちゃんに会うのが楽しみなの』
そう言ってくれるリピーターのお客さんがいることが誇らしかった。


それは、僕がここに来て5年が過ぎた頃だった。
ボルドーとブルゴーニュは老境に入り体力が衰えてきていた。
僕はといえば、そんな彼らに代わり看板猫として精力的に働いていた。

「今日は風が強いわね」
ガタガタと窓を揺らす激しい風に、あのお方が眉を曇らせる。
「台風の影響かな、まだ遠くにあるんだけどね
 天気悪くなるのを見越して、今週はお客さんのキャンセル続きだ
 山の中だし、天気悪いと散策も出来ないからなー
 都会の人には、退屈な場所でしかないだろ」
旦那さんが苦笑する。
「そのおかげで、久しぶりに2人っきりの時間が出来たわね」
あのお方が微笑むと
「たまには、のんびりしよう」
旦那さんも微笑んだ。

「寒いから、ホットワインでも作りましょうか
 暖炉の薪も、もう少し足す?」
「そうだな、お爺ちゃん達が寒そうだ
 ロゼはまだ若いから寒くないか?」
旦那さんに抱き上げられた僕が
『ニャ(寒い)』
そう答えると
「ロゼも温かいもんが飲みたいってさ
 ホットミルクも追加だ、猫舌用に」
彼は僕を優しく撫でながら、そんな風にあのお方に注文した。

そんなとき、一際強い強風がペンションを襲った。
凄まじい轟音が響き、建物が振動する。
「何だ?」
旦那さんが慌てて部屋を出ていった。
不安げな顔のあのお方と、僕と犬達が残される。
戻ってきた旦那さんは血相を変え
「今の風で、裏の林の枯れ木が倒れて飛ばされてきてる
 客室がメチャクチャだ
 客がいないのは不幸中の幸いだが、ここも危ないかもしれない」
そう叫んだ。
と、同時に何かが窓に当たり大きな音を立ててガラスが砕け散った。
部屋の中に凶暴な風が充満する。

暖炉の火が風に煽られて、激しく舞い上がった。
その火がカーペットに燃え移ると、さらに風に煽られあっという間に燃え広がっていった。
広がる火を見てパニックを起こした僕は、泣きながら逃げまどうしかなかった。
「ロゼ、危ない、そっちに行っちゃダメ!」
「ブルゴーニュ、ボルドー、表に出るんだ」
あのお方と旦那さんの怒声の中、火の勢いは益々強くなっていく。

あのお方の悲鳴、犬達の悲しい鳴き声、建物に何かの当たる轟音、崩れていく建物、灼熱の炎そんな混沌の中、僕の意識は闇に落ちていった。
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