しっぽや2(ニャン)

□未来に繋がる物語1
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「やあ、荒木、留守にしちゃっててごめんね
 三峰様から急に電話がかかったきてさ
 駅まで新入りを迎えに行ってたんだ
 波久礼が駅まで付き添ってたんだけど、猫カフェでイベントがある、って向こう行っちゃって」
フウッとため息を付く黒谷の後ろに居る人が、ペコリと頭を下げた。
柔らかそうな長い髪がフワッと広がる。
白髪の先端が淡いグレイになっている不思議な色合いだった。

「荒木、彼は『ひろせ』
 ノルウェージャンフォレストキャットの化生だよ
 他の猫より、少し大きいだろ?
 ひろせ、彼は野上 荒木
 ここの白久という所員の飼い主だから、身構えなくて大丈夫だよ
 バイトに来てもらってるんだ」
黒谷に紹介され俺は
「野上 荒木です
 荒木って呼んで良いよ
 俺、ノルウェージャンって初めて見た
 フワッフワだね」
そう言って笑って見せた。
「ひろせです、よろしくです」
ひろせはどこかおっとりした感じで微笑んだ。
猫の化生らしくキレイな顔立ちだけど、羽生や双子、長瀞さんみたいな煌びやかさはあまりなかった。
『大きな猫って温厚だって本に書いてあったけど、そんな感じ』
俺は一人納得していた。

「ここ、優しくて清々しい場所だね
 しっぽや、ってどんなとこかちょっと不安だったけど、安心した」
ひろせはまた、そんな事を言う。
「そう?気に入ってもらえたなら良かったよ
 暫くは長瀞というチンチラシルバーの化生の元で、捜索の仕方とか覚えてもらうからね
 三峰様から、少しはここの仕事とか聞いてるんだろ?」
黒谷の言葉にひろせは頷いた。
「部屋は影森マンションに用意してあるから、そこで生活してもらうよ
 家電とか使い方分からなかったら、聞いて
 同じ階に僕の部屋があるから」
「はい」
ひろせはにっこりと笑った。
「犬、怖くないの?」
俺が聞くと
「はい、僕、生前は犬と一緒に生活していましたから
 ゴールデンレトリーバーとラブラドールレトリーバー
 どちらにも可愛がっていただきました」
ひろせは懐かしそうに答えた。 

カチャリと音がして、控え室のドアが開く。
中からタケぽんと長瀞さんが出てきた。
「黒谷、新人さん迎えに行ってこれた?
 いきなり受付とか頼まれて、どうしようか焦っちゃったよ
 俺、バイトってしたことないから
 来たのが荒木先輩だけでほんと、良かった」
タケぽんは黒谷を見て、少しムクレてみせた。
最初に彼がおどおどしているように感じたのは、いきなり仕事を頼まれて戸惑っていたからのようだ。
『俺も去年ここに来るまで、バイトなんかしたことなかったもんな
 いきなり接客って、ちょっとビビるのわかる』
あの頃に比べると俺も少しは成長したのかな、なんて思えてしまう。

「ごめんね、すぐに荒木が来るだろうし長瀞も戻りそうだったからさ」
黒谷はにこやかに答えている。
「うち、ペットホテルはやってないけど、個人的な知り合いから長瀞が猫を預かったりしてるんだ
 タケぽんは常連でね
 もう、僕たちともすっかり顔見知り
 それでつい、受付頼んじゃったんだ」
黒谷に改めて言われ
「そう言うことなんです」
タケぽんはエヘヘッと笑って見せた。

タケぽんと一緒に出てきた長瀞さんが、驚いた顔で黒谷を見ている。
それに気が付いて俺も黒谷を見るが、特に変わったところはなかった。
しかし、黒谷の後ろにいたひろせの様子が変だった。
驚いたように目を見張り、頬を染めて一心に何かを凝視していたのだ。
その表情を、俺は知っている。
ひろせの視線の先には、タケぽんが居た。
俺と長瀞さんの様子にやっと気が付いた黒谷が、振り返ってひろせを見る。
黒谷もすぐに、ひろせの状態に気が付いた。

「じゃ、俺、この辺で
 荒木先輩、次の水曜ってバイトに来ますか?
 俺、銀次迎えに来るんで、時間あったら新地高のこと教えてください」
何も気が付いていないタケぽんが無邪気な顔でそう言って、歩き出す。
「もう、お帰りになってしまうのですか」
ひろせが寂しそうな顔になって、沈んだ声をかけた。
「あれ、貴方が黒谷が迎えに行った新人さん?
 俺、武川丈志って言います、タケぽんでいいですよ
 ここには時々猫預けに来るんで、よろしくです」
タケぽんが礼儀正しく頭を下げると
「タケぽん…」
ひろせはウットリとした顔で、その名前を呟いた。
「僕は『ひろせ』と言います
 あの…あ…、えっと…」
ひろせは話しかけたは良いが、何を言えばよいかわからない状態になっていた。

「タケぽん、これから時間ある?
 今んとこ依頼人こ来ないし、良かったら少し話していかない?
 お茶淹れるよ
 そだ、貰いモンのパウンドケーキがあったっけ
 紅茶淹れよう、セイロンがあるからミルクティーで良い?
 甘いもん食べるからアールグレイの方が良いかな?」
俺はタケぽんを引き留めようと、咄嗟にそう言っていた。
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