しっぽや2(ニャン)

□未来に繋がる物語1
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side〈ARAKI〉

「うー、寒い」
年が明けたら寒さが一段と厳しくなった気がする。
しっぽやにバイトに向かう俺はコートにマフラー、手袋と重装備であった。
『この寒いのに、日野は部活でランニングやってんだよな
 俺、やっぱ体育会系とか無理!』
しっぽやに着いたら温かいお茶を煎れよう、俺はそんなことを考えながら事務所への道を足早に歩いていった。

ドアをノックして事務所に入ると、中には誰もいなかった。
訂正、化生は誰もいなかった。
無人の所長机の側に、背の高い男の人が所在なさげに佇んでいるのが目に入る。
その人は俺に気が付いて、どうしよう、と言った感じでモジモジしていた。
黒谷より背が高そうだけど、童顔で大人しそうな人だ。
「あの、今、ここの人達出払っちゃってるみたいで…」
幼い顔立ちに似合った、少し高めの声で話しかけてくる。
俺はバイト員である自分の立場を思い出し
「すいません、ご依頼の方ですか?
 ただいま所員と連絡を取りますので、そちらにお掛けになってお待ちください」
ソファーを指してそう案内した。

『取りあえずお茶出して、黒谷か白久のスマホにかけてみよう』
俺が今後の段取りを考えているとその人は少しホッとした顔になり
「ここの人ですか?
 あの、俺、ナガトと待ち合わせしてるんです
 急な依頼が入って、戻るのが少し遅くなるって連絡はもらってます」
そう、話しかけてくる。
『長瀞さんの知り合い?』
俺は少し驚いたが
「どうそ、掛けてください
 今、お茶をお持ちしますので」
再度、座ってもらうよう促した。
男の人はペコリと頭を下げると、ソファーに腰掛けた。

着ていたコートをハンガーに掛け、マフラーや手袋をカバンに突っ込んでいるとガタッと物音がした。
振り返った俺が見たものは、なにやら興奮した顔で立ち上がっている男の人だった。
「あ、あの、あの、その制服って、新地(しんち)高校のですよね」
俺はその人の剣幕に驚いてしまうが
「はい、そうですけど…」
何とか平静さを装ってそう答えた。
『何だろ、ゲンさんみたく「ブレザー格好いい」とか?
 制服フェチの人とかだったら怖いな』
少し警戒する俺をよそに、その人は
「スゲー、スゲー」
と言いながら、一人で盛り上がっている。
「俺、今度、新地高受験するんです!
 先輩!よかったら、色々教えてください!」
輝く瞳で言われたその言葉が俺の脳に届くまで、かなりの時間を要してしまった。
『え?受験?職員採用の?そんなのあるの?
 つか先輩って、俺のこと?ってことは…』

「えっと、君って、もしかして…」
おそるおそる俺が口を開くと
「あ、俺、武川 丈志(たけかわ たけし)って言います
 名前のことは『タケがクドい』って言ってくれて大丈夫です
 気さくに『タケぽん』って呼んでください
 中3の15歳です」
男の人、タケぽんはハキハキした口調でそう言った。
俺は2歳も年下の彼を見上げ
「俺は野上 荒木
 高2の17歳です」
何だか釈然としないものを感じながら、自己紹介した。

「荒木?高校生名探偵だ!」
俺が名乗るとタケぽんは更に顔を輝かせた。
長瀞さんを『ナガト』と呼んだ時点で気が付いていたが…
「タケぽん、ゲンさんとも知り合いなんだね」
俺は苦笑気味に確認する。
「え?何で分かるの?
 あ、これが高校生名探偵の推理ってやつか!
 生で見ちゃった、スゲー、スゲー!」
興奮が増すタケぽんを持て余している俺の耳に

コンコン

と、ノックの音が聞こえてきた。
すぐに扉が開き、ペットケージを持った長瀞さんが事務所に戻ってきた。
「タケぽん、お待たせしてごめんなさい
 荒木様、こんにちは、白久は戻るまでもう暫くかかりそうですよ」
笑顔の長瀞さんに
「ナガト、俺、今、高校生名探偵の推理見ちゃった
 ゲンちゃんが言った通りだね」
興奮したままのタケぽんが話しかける。
「それは、良かったですね
 おや、タケぽん、また背が伸びましたね
 もう黒谷より大きいんじゃありませんか?
 初めて会ったときは、私の腰くらいしかなかったのに」
「えー?自分じゃよくわかんないよー
 背、伸びてる?」
タケぽんは俺が言ってみたいと思っているセリフをサラリと言ってのけていた。

「そうそう、銀次(ぎんじ)君、いつまで預かりますか?」
「次の水曜までお願いします
 銀次、いい子にしてろよ」
タケぽんは足下に置いてあったペットケージを持ち上げる。
小さく『ニャー』と鳴き声が聞こえた。
2人が控え室に消えると、俺はホッと息を付いてしまう。
『何か、台風一過って感じ』
静かになった事務所でそんなことを考えていると

コンコン

ノックと共に扉が開き、黒谷が帰ってきた。
黒谷に続き、髪の長い人影が入ってくる。
その人は事務所内を見回しながら
「とても、気持ちの良い場所ですね」
ホッとしたような顔で微笑んだ。
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